きっとその日が幸福の始まり



!現パロ!



近所のコンビニに、めちゃくちゃ好みの店員がいた。黒髪の男の子らしい顔立ちで、でも頬には可愛らしいそばかすがある。彼の「いらっしゃいませ」はまるで居酒屋のそれだったけど、笑顔が一等眩しくて、すぐに心奪われた。一目惚れだった。

それからは週に2回、コンビニに通い続けた。火曜日と金曜日。気持ち悪い話だけど、調査に調査を重ねて、この2日はほぼシフトが入っていることが判明した。通いすぎてそろそろいつもの人だって思われる頃かもしれない。…まぁ、私のことなんて、覚えてすらないかもしれないけど。
覚えられていたとして、火曜日と金曜日にコンビニスイーツを買いに来る女…なんて、最悪の覚えられ方だ。しかもいつも同じロールケーキ。
色々なスイーツを食べようとしたけど、結局これに落ち着くのだから仕方ない。やはり最強の味、安定の美味しさだ。
……こんな女のことなど、恥ずかしいのでいっそ忘れていてほしい。

「袋どうしますか?」
「えっと、大丈夫です。」

軽くトリップしていたときに声をかけられる。変な人だと思われるような返しはきっとしてないだろう。交わされる会話はたったこれだけなのだ。出来るだけ良い印象を与えていきたい。これはただの接客にすぎないのだが、私にとってはこの時間がとてつもなく幸せであった。また明日からもがんばれる…。
「ありがとうございました!」と笑顔で告げる彼に、私も「ありがとうございます。」と返す。今日も素敵な笑顔を本当にありがとう。



今週も火曜日がやってきた。コンビニに向かい、お目当てのスイーツコーナーに一直線に向かっていく。…が、どれだけ探してもいつもあるはずのロールケーキがない。隅々までくまなく探しても、あるのは不自然に空いたスペースだけだった。ちょうど売り切れてしまったのだろう。諦めて、他のスイーツに手を伸ばした時だった。

「おい!…いや、あ、あの、これいつものやつ!」
「……え?」

若干視線を彷徨わせて声をかけてきたのは、私の一目惚れの相手ポートガス・D・エースさん(名札情報)。彼の手には、私がいつも購入しているロールケーキがある。私に1つだけロールケーキを差し出している様子から、品物を補充しにきたついでに声をかけてきた……というわけではないのだろう。

「いつも、同じような時間に買ってくから。その、今日はなんか売れていくの早いし、無くなりそうで…えェ〜っと…だ、だから!今日も来るかと思って!よけてたんだ!」
「あ、ありがとうございます……!」
「…い、いえ。……他になんか買いますか?」
「これで、大丈夫…です。」
「じゃあお会計します。」

嬉しいのに、どうしたらいいか分からなくて、ドギマギしてしまう。せっかく話ができるチャンスなのに。言いたいことはあるけど、でもやっぱり声に出せなくて情けなくてモヤモヤする。
なんだか気まずそうに視線を彷徨わせながら、ロールケーキを差し出す彼は子どもっぽくて可愛らしくて、私のためにしてくれたと思うだけでいっぱいいっぱいになってしまう。
全てが予想外だった。まさかよけてもらえてたなんて、覚えてもらえてたなんて、少しでも気にしてくれてたなんて…。
その事実が嬉しくて胸の鼓動がどくどくと早くなっていく。そうしている間にもお会計は順調に進む。ずっと終わらなければいいのに、なんて思ってしまう。

「あ、あの。」
「…えっ、はい?」

お釣りを受け取った時、不意に声をかけられる。眉間に少し皺が寄ってるけど、赤い頬の様子からは照れているのだろうと察せられる。

「俺は、客の顔全員覚えてねぇし、むしろ覚えらんねぇし、取り置きとか店長にバレたらうるせーからしようとか普通思わねェし。」
「……うん、」

視線が交わる。なんて甘ったるい空気なんだろう。このままじゃ、期待してしまう。
彼の言動の何もかもが嬉しくて、自分の都合の良いように考えてしまいそうになる。

「……金曜日のバイト、19時に終わるんだ。もし、俺に名前教えていいと思ったらその時間に来てくれよ。ロールケーキが好きな事しか知らねぇから、だから、知りてぇんだ。お客さんのこと。」

もう夢みたいで何も言葉が出てこなくて、静かに何度も頷いた。きっとみっともないくらい私の顔は赤いのだろう。それでもいい、だってこんなに幸せなことはない。一生見てるだけだと思った。ある日突然あなたはバイト辞めちゃってそれで終わっちゃうって思ってた。


私も、店員さんの事何も知らない。名札に書いてある名前しか知らない。でも、できればあなたの名前はあなたの口から聞きたいな。私も、店員さんのこと知りたい。


幸せだと思っていた週に2日の楽しみは、私の大恋愛序章でしかなかったのだ。今からの私にはもっともっと楽しくて、嬉しくて、胸が期待に膨らんでいくようなそんな日が待ってるんだ。

これから始まっていくんだ、まず、金曜日19時前にはここに来よう。そして、彼に名前を伝えよう。

きっとその日が幸福の始まり

名前を告げたら、私があなたを好きになった笑顔を向けてくれるのかな。

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2020.12.14
ALICE+