何億回でも愛を叫ぼう



ふわふわと空には入道雲が浮かんでいる。空の青は眩しくて、まともに見ていられない。目を閉じてもさっきまでみていた青色がチカチカと鮮明に浮かぶ。おまけに日照りもきつい。日に当たるだけで、すぐにのぼせてしまいそうだ。


「あついねぇ。」

「あー…」


甲板にごろんと大の字に寝転んで、ムスっと拗ねているエースに声をかける。拗ねている理由としては、あつくて仕方ないのはもちろんあるかもしれないが、今日は至るところで「暑いから近づくな」と言われ続けたことの方が大きな原因だろう。炎の能力者の彼は体温が高い。冬は重宝されて引っ張りだこだか、夏は逆にしっし!と追い払われることが多い。彼が来た時、私も正直暑いので追い払ってやろうかとも思ったのだが、シュンとする彼がなんだか可哀想に思えてしまって、結局話し相手になってやることにした。そして、影を探して近くのパラソルの下に腰をおろしたのだった。


「サッチ、アイス配ってたよ。もらいに行く?」

「あー。」

「アイス2段にしてもらう?それとも3段?」

「あぁ…。」

「ちょっと?聞いてるの?」

「あぁ。」


さっきからずっとこの調子だ。拗ねてるにしては様子がおかしい。アイスの話題に食いつかないのも普段のエースから考えるとあり得ない話だ。

ただ、じーっと空を見上げている。時折涼やかな潮風が、汗で肌に張り付いた髪の間をさらさらと吹き抜ける。

少しだけ、彼が心配になってパラソルの下から出た。途端に容赦ない日差しが肌を突き刺す。ジリジリと肌が焼けるのを感じて不快だ。彼の近くに歩み寄って寄り添うように座った。日に焼けた床があつかったけど、彼の不安定な様子のほうが気になってしまって、それどころではなかった。


「前の島で、男が女に宝石のついたシルバーリングを渡してるのを見たんだ。」

「ん?」

「幸せにするって、言ってた。女は嬉しいって泣いてて、ずっと一緒に居ようってそう言ってた。」


突拍子もなく、静かに話し始めた。ただ、それを話すエースの瞳が少しだけ寂しそうで、私は何も言えずに、話をする彼をただ見つめる。


「愛する人とずっと一緒に居てェなって、俺も思うけど、それは結果的に愛する人を傷つけることになるんじゃねェかって、思うんだ。」


声色はいつもの彼とは違っていて、小さくて弱々しい。いくら彼の方を見ても目線が合わない。それが、なんだかひどく悲しい。


「お前は、気遣いできるし、可愛いし、強いし、きっとすげェいい男が現れるんだろうな。」

「……なに?それ。」

「幸せそうに、笑うんだろうな。」

「エース、」

「リングはめた姿も綺麗なんだろうな。」

「エースってば!」


寝転んでいる彼に勢いよく跨がってグッと肩を掴む。泣きたいのは私の方なのに、彼の方がひどく傷ついている顔をしていた。

彼が人を愛することに、そして愛されることに臆病になっていることはわかる。彼の生い立ちも理解しているつもりだ。後ろ指を指される辛さもあっただろう。認めて貰えないことだってきっとあったはずだ。

でも、それでも彼が彼の幸せを諦めるなんて絶対におかしい。


彼は私を見るとき、ひどく優しい顔をするのだ。他の女の子に向けるのとは違う、愛しくて仕方ないって顔。私は彼が好きで、ずっとずっと見てきた。考えてることが顔に出やすい彼が、私を特別だと思ってくれてると分かるのに、そう時間はかからなかった。嬉しかった。

もう少ししたら告白して、恋人になって手を繋いで、バグもして、デートもして……2人で幸せになりたいと思っていたのに。


「それでいいの?誰かのものになってもいいの?」

「好きだと言えば、そいつが不幸になるかもしれねェだろ。」

「諦められるくらいなの。」

「そんなわけねぇだろ!……好きだ、ずっと好きなんだよ。でも、傷つけるのは、縛り付けるのはもっと嫌だろ。」


日差しが暑い。汗がぽたりと彼に落ちる。涙みたいだ、なんて頭の端で呑気に考える。

強く掴んでいた肩から手を離して、そのまま彼の胸に倒れこんだ。トクン、トクンと心音が耳に響く。なぜか場違いに、愛おしいと思った。

彼がなんと言っても、諦めきれないのはきっと私の方なんだ。


「……好き。好きだよエース。」

「え、?」

「好きだから、諦められないのは私なの。私の幸せは、好きな人と一緒に居れることだから。ねぇ、もう、御託はいいから、私はエースの本当の気持ちが聞きたいよ。」


彼の胸に顔を埋めて声を出す。震えていて、きっとみっともない声に聞こえたに違いない。世間に何かを言われることより、彼の側に自分が居ないことのほうがよっぽど怖かった。


エースは優しく私の背に手をまわして、抱えるようにして起き上がる。向かい合わせに座っているような体勢が、今更になって羞恥心を掻き立てる。

彼は私の顔にかかる髪をすくって、耳にそっとかけた。そのまま頬に手を滑らせて顔を持ち上げる。

この瞳だ、私がいつも見てた瞳。

慈しむような、溶けてしまいそうな、穏やかな、大好きな瞳。


「……出来ることなら、この先のお前の人生が全部欲しい。死ぬときは、お前の隣で死にてェよ。」


少しだけ、言い淀んだ彼は、次の瞬間決心を決めたようにそう言った。

どうしたってもう胸がいっぱいで、嬉しいのに涙が出てくる。涙を拭う彼の手つきすらも壊れ物に触れるみたいに柔らかくて、余計に涙が止まらない。


「誰に何を言われたって、私、エースのそばに居られたらそれでいいよ。怖いなら、信じられないなら何回でも言ってあげる。……あなたのそばに居られることが、私の一番の幸せ。ずっと、死ぬまでそばにいたいよ。」


私がそう言うと、エースはほんの一瞬、少しだけ泣きそうな顔をした気がした。私がパチリと瞬きをして瞼を開くと、そこにはさっき一瞬見た顔が見間違いかと思うくらいに心底幸せそうに笑う彼がいた。


彼の笑顔はただ真っ直ぐで、太陽みたいだ。空から降り注ぐ陽の光なんかより、エースの笑顔を向けられるほうがよっぽど熱くてのぼせてしまいそうになる。


「俺が贈ったリングだけ、つけてくれねェか。」

「ふふ、そんなの当たり前だよ。」


ほんの少し触れた唇は、塩辛い味がした。

夏の暑さなんて、もうちっとも気にならなかった。

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