バッドエンドじゃ終わらせない



モブ海兵♀️目線注意
(夢主のなんか花系の能力者っぽい匂わせ表現あり)







むせ返るような花の香りと共に、その女は現れた。


女をかたどるように舞う花弁。まるでどこかのお伽噺のお姫様のように現れたその女は、その登場に似つかわしくないほどに、すでに満身創痍であった。

ただ、その目に宿す光は鋭くて、一本芯の通った強い意思を感じた。痛々しいほど怪我をして血を流している女は、ボロボロの状態でもなお、戦う姿勢を少しも崩そうとはしていないようだった。


「お前!!何で来た!!!」


この騒ぎの中であっても、ポートガス・D・エースの声はよく響いた。声にも、顔色にも戸惑いと焦りが感じられる。今すぐ帰れとでも言うような強くひりつくような声だった。誰もが怯んでしまいそうなそれを向けられた女は、物怖じするどころか、ニッと口角を上げて勝ち気に微笑む。


「来ちゃった♡」


お茶目に笑った女に、火拳は言葉を失い呆然としているようだった。女はそんな火拳の様子にクスリと笑みをこぼす。その姿は愛らしい、ただの年頃の女の子のようだった。

一息吐くと、火拳から視線を逸らし、私たち海軍をじっと見据える。その姿は、先ほどの面影を感じさせないくらいに、女海賊そのものだった。





美しい花びらを舞わせながら女は戦う。ひらりひらりと花が舞う様に、ここが戦場であることを忘れてしまいそうになる。走って、跳んで、避けて、攻撃する。軽い身のこなしとは裏腹に、女の体はあまりに血を流しすぎて、もう限界のように見えた。


「もうやめろ!!!帰れ!!!頼むから、帰ってくれ!!!」


見ていられなくなったのか、火拳の悲痛な声が再びあたりに響く。空気をびりびり揺らすほどの声だった。

目の前の女はギリ、と歯を食いしばる。肩がふるりと震えて、今にも泣き出してしまいそうに見えた。


「嫌よ!!絶対!帰ったりしない!!諦めない!!……ねぇ、エース!また、一緒に海に出ようよ!もっと、もっと楽しいことがこれから待ってる!!」


泣きそうになりながら、女は絶えず笑顔を崩さないでいた。

彼女の激しい感情に同調するかのように、花びらが散り散りに舞う。まるで彼女の命を削っているかのようなその光景に、固唾を飲んだ。涙の代わりのようにハラハラと花びらが重力に従って地面に落ちる。大声をあげて今にも泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えるようなその表情に、こっちまで苦しくなってしまいそうになる。正義を掲げているはずの私たちが、悪者みたいに思えてくるほどだった。

いけない。海賊に惑わされるな。私は海軍なのだ。海軍こそ、正義だ。火拳の処刑が無事に完了できるようにすることこそ、海軍としての私の使命なのだ。


……でも、何がこの女をそこまで駆り立てるのかが、少しだけ気になった。

私の思考の隙を突くように、女の攻撃がとんでくる。咄嗟に体を持ち直して、バチンと女と刃を交わらせた。強い気迫に押されそうになる自分を何とか奮い立たせて、女に向けて言葉をぶつける。


「なぜ…なぜ、あなたがここまでボロボロになってまで助けようとする!!あの男のためになぜそこまでする!!……処刑は必ず実行される。それに、そんなにボロボロで、どうしたって助けられるわけがない。逃げた方が、よっぽど利口だわ。」

「…なぜ、助けるのか、ね。ふふ、面白い質問ね。そんなの決まってる。世間がなんと言おうとも、私が彼を愛しているからよ。」

「色恋のために、命をかけるの?」


私の問いに、女は心底不思議そうな顔をする。愛が原動力になっていることの何がおかしいとでも言いたげだった。


「愛ってそういうものよ。彼が生きていたら、それだけで幸せだから。……それが私の生きる意味になる。」

「そんなの、馬鹿げてるわ。」

「それで結構よ。」


とてつもない風圧と共に体が弾きとばされる。華奢な体からは想像できないほどのパワーだ。


「どうして泣かない。どうして泣きそうに笑うの。」

「随分と聞きたがりの海兵さんね。……まぁいいわ。答えは簡単。泣くのはエースを助けてからって決めてるから。」


「必ず助ける。だから、それまではずっと、笑ってるのよ。」そういってまた泣きそうにふわりと笑う。

とんでもない裏切りになるかもしれない。だけど、自然と、この人はとても美しい女だと心から思った。思わず出そうになった言葉を喉にグッと留める。

私が刀を構え直すのとほぼ同時に、女はグッと大地に足を踏みしめる。そして、宝石のように曇りのない、美しい瞳を懸命に見開いて私たち海兵を、そしてその先の処刑台の上にいる火拳をじっと見る。


そうして、女は呟いた。


「バッドエンドじゃ終わらせない。」


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