今日は、私が不寝番だ。
最近少し肌寒くなってきてたなぁ。なんて思っていたら、ほのかに雪がちらつき始めた。こんな日に不寝番だなんて、本当にツイてない。
毛布に包まれてお饅頭みたいになりながら船を守っている姿は、端から見たらなんとも滑稽な光景なのだろう。
かじかむ手を意味もなく開いて、また握りしめる。
船長に導かれるまま、麦わらの一味の船に乗り込んだ訳だけれども。船での生活は思ったよりもスリリングで、命が何個あってもたりないと思う瞬間が山ほどあった。でも、その分たくさんの人と出会って、たくさんの事を知った。冒険をしている時は、物語の勇敢な主人公みたいになれた気がして楽しかった。弱くて、平凡な自分から抜け出したくて海賊になっただなんて知ったら、皆は笑うだろうか。
「……そんな人たちじゃないのに。こんな事考えるなんて馬鹿馬鹿しいな。」
風にさらされて冷えた手にふぅ、と息を吹き掛ける。しばらく空を見上げながら座っていると、コツコツと聞き慣れた靴の音が聞こえた。
「ご機嫌はいかがですか、レディ。ホットココアを持ってきたよ。」
「サンジくん、ありがとう。……わぁ、マシュマロ入ってる!やったぁ」
「寒い中頑張るレディへのご褒美だ。あったかいうちにどうぞ。」
「んふふ、嬉しい!いただきます。」
サンジくんは柔らかな笑みを浮かべると、マグカップを私に手渡した。
ぽかぽかと温もりを帯びたマグカップから香る甘い匂いが鼻腔をくすぐる。ミルクたっぷりのココアに浮かぶ柔らかなマシュマロに自然と笑みがこぼれた。小さな頃は、ココアにマシュマロを浮かべてもらえるのは頑張った時と、特別な時だけだった。
大人になったらマシュマロ入りのココアなんて自分で作ることができるし、好きなときにいくらでも飲めるけど、やっぱり特別な時に飲むマシュマロ入りのココアが一番美味しいように感じた。
今日ココアを持ってきてくれたのも、以前その話をサンジくんにしていたからだろうか。小さな事も忘れず覚えていてくれて、細やかな配慮をしてくれる彼には本当に頭が上がらない。
ココアを喉に通す私を、サンジくんは嬉しそうに見つめている。誰かにじっと見られるのはあまり好きではないけど、サンジくんからの視線は不思議と嫌じゃなかった。優しくて、とても安心する。
「美味しいよ、すごく」
「君に喜んでもらえて光栄だ」
たばこの煙じゃない、寒さからくる白い息を吐きながら、彼は赤い頬を綻ばせて心底嬉しそうに笑った。
サンジくんは、いつだって美味しいものを作ってくれる。作らなければいけない量は2、3人程度のもの……という訳じゃないし、桁違いに食欲旺盛な船長がいるから、そんな彼を満足させる1食分を作るだけでもとても大変な事だと思う。
それでもサンジくんはいつだって笑顔で、手を抜かずに最高の食事を作ってくれる。「レディーには特別だ」って言って出してくれる男の子たちより少しだけ豪華なデザートも最高の美味しさだ。
彼から貰う「特別」という言葉がすごく嬉しくて、わくわくした。私だけに言ってることじゃないことくらい分かっている。それでも、そんな言葉をかけてもらえる事が、私はすごく嬉しかったのだ。
*
一際強くて冷たい風が吹いた。
サンジくんも防寒着は着て来ているみたいたけど、こんな寒い場所に朝まで居てもらう訳にはいかないし、忙しい彼をこのまま不寝番に付き合わせるのは申し訳ない。
「サンジくん、ココアありがとう。寒いし、もう寝たほうがいいよ。コックさんは明日も早いでしょ?」
「おれがここに居たら嫌?」
「嫌なわけない!……けど、なんか申し訳ないというか。ココア持ってきてくれただけで十分だし、今日の不寝番は私だから。甘えすぎちゃいけないと思って」
「……もう少し、おれの話に付き合ってもらってもいいかい?おれが君と話したいから、ここにもう少し居たいんだ」
「そうやって私を甘やかしたらダメなんだってば」
「おれが君を甘やかしたいんだ。それでもダメ?」
「そんな言い方、ずるいよ」
「ごめんね。おれはとてもずるい男なんだ。」
彼は、そう言って私の隣にゆっくりと座る。おれのためと言いながら、結局は私のためなのだ。もう少しだけサンジくんと話がしたいと思った心を読まれてしまったのだろう。
彼は、人の意を汲んで配慮することに長けている。誰かのための行動は彼にとって当たり前なのかもしれないけど、私はその優しさを受ける度に胸がむず痒くて、グーっと締め付けられるような気持ちになる。
「私なんかに、どうして優しくしてくれるの」
「じゃあ君は、どうしておれなんかに優しくしてくれるんだい?」
「今は私が質問してるのに」
不満げに言葉をこぼして彼を見ても、穏やかに微笑むだけで何も言おうとしない。私が何か言うまで話す気がないということだろう。
彼の優しさというものが、時々分からなくなる……と言いたいところだけど、彼には意地悪な面もあると思った方がいいのかもしれない。
「……サンジくんが、優しいから。私に美味しいものくれたり、甘やかしてくれたり、こうして話しかけてくれたりするから、嬉しくて。だからサンジくんに優しくしたいなって思う」
じっとこっちを見ていたサンジくんは、私の言葉に肩の力を少し抜いたように見えた。
「おれには、君が自分に無償で与えられる優しさをあまり良しとしていないように見えるんだ。頑張って、もがいて、相手に尽くして尽くして、やっと貰えるのが優しさだと、そう思ってるように見える」
「……」
「甘やかされることにも、慣れてないのかな?なんで自分を甘やかしてくれるのかって不安になる?」
「……ダメな人間になりそうだから。無償で甘やかされることが普通だと勘違いしちゃったら、ダメ、だから」
自分の醜い部分を彼に吐露しているようで、情けない気持ちになってくる。それでも動く口は止まってくれなくて、人にあまり言ったことのないような、自分の心の奥深くにあった気持ちまで吐き出していた。全部聞いて受け止めてくれる彼の優しさに、また甘えてしまっている。
嫌われたくないのに、こんな弱くてどうしようもない部分ばかり彼に見られている気がする。
「大丈夫だ」と、言うかのように頭に優しく置かれた手が温かくて、涙腺が緩む。
「……君の素敵なところをおれも、この船のみんなもよく知ってる。誰かが困ってるとき、いち早く声をかけたり、助けたりしてるよね?君は表情を読むのが上手だから、隠してたって誰よりも早く気づいて、自然にフォローしてくれる」
「みんなを本当に助けられてるかは私には分からない。それに、もし、みんなの為になってたとしても、みんなが私に優しくしてくれてる分は全然返せてないよ。みんなの事大好きだから、与えられるばかりじゃ嫌なのに。私には取り柄なんてないし、ただ船に乗ってるだけだし。こうやってすぐマイナスなこと言って困らせちゃうだけで……自分が嫌になる」
「君の小さな気付きや一言に救われた人はたくさんいるよ。君が居たら、船の雰囲気が和らぐんだ。船に乗ってくれているだけで、無邪気に笑ってくれているだけで、みんな楽しい気持ちになれる。それに、いいクルーを勧誘する船長の目が確かなのは、君も知ってるだろ?」
「うん。でも……」
「おれにこうやって君の思っていることを話してくれるのが嬉しいんだ。おれに弱音を吐いてもいいって思って、心を許してくれてるってことだろ?こんな名誉な事ないさ。……君のように、当たり前みたいに誰かを助けることって案外難しい事なんだよ。おれたちに、純粋な好意を向けてくれていること、思いやってくれてること、全部分かってるよ。逆に、優しさを貰いすぎてるくらいだ」
彼は私の言葉に半ば強引に被せるように声を発した。いつも最後までしっかり聞いてくれる彼の意外な行動に驚いたものの、彼の行動の理由に思い当たる節があった。
「あまり自分を卑下しないで」彼は私の弱音を聞くたびに、いつも優しくそう言ってくれる。私がこれ以上、私自身を傷つける言葉を言わないように言葉を被せてくれたのだろう。
彼は優しい。
私も、彼みたいに優しくなりたい。
自分も、仲間も大切にできるような人になりたい。
「私、素敵なレディになりたいな」
「……君はとっくに、心優しい素敵なレディになれてるよ」
彼の言葉はいつも、私が嫌いな私を認めるように優しく包み込んでくれるから、彼と話すと無性に泣きそうになる。
それなのに、とてつもなく甘ったるくて、心地よくて、頭の中がくらくらする。
これが特別な感情だと言うことを、私はもう知っている。
いつか、サンジくんの隣に堂々と立つことができるような強くて優しさにレディになりたい。
このままずっと、夜が明けなければいいのになんて、そう言ったらサンジくんは何て言うのかな。
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