そうして愛に為った



ルフィのいつもの気まぐれで、たまたま寄港することになった島。どうやらそこは商人たちがこぞってやってくる島のようで、活気に満ちている。島について早々「メシー!」と走り出したルフィ。一人突っ走っていく彼を止めることは、もちろん誰にも叶わなかった。
「面倒事だけは勘弁して欲しいわ」ため息をつきながらそう言ったナミに、私は深く頷いた。

その後、せっかくなら各々好きなことをして過ごそうということになった。ショッピングに行ったり、ルフィの捜索に行ったり、船で寝たり……。かくいう私も、今は船でぼーっとしている。ついさっき、ナミとロビンにショッピングに誘われたけど断ったのだ。
……というのも、久しぶりにゆったりと島で過ごせるこのチャンス、彼との時間に使いたいなぁと密かに考えていた。
彼と恋人になって少し経つ。手を繋いだり、キスをしたり、彼が用意してくれたちょっと特別なスイーツを二人で分けて食べたり。小さな幸せは沢山あったけど、二人きりで島でデート、なんてことは実はなかなか出来ないでいた。いつも誰かと一緒だったり、途中でトラブルが発生したり……。楽しいことには変わらないけど、二人きりのラブラブデートだって、たまにはしてみたいじゃないか。
島に到着し、錨をおろしてからしばらく経つが、今のところ問題は何も起きていない。デートするなら、今日しかないと思っていた。ナミとロビンはそんな私の思惑を察したのか、誘いを断った私を見てクスリと笑うと「誘う方が野暮だったわね」「楽しんでね」と言葉を残して島に降りた。
忙しい彼を誘うのは少し気が引けるけど、誘うだけならタダだよね。怖じ気づきそうになる自分を奮い立たせるために、何度かそう言い聞かせる。キッチンで忙しなく動いている彼が、早めに甲板に出て来てくれたらいいのになぁと、自由に空を飛ぶカモメを意味もなく数えながら願った。
数えるのも飽きてきた頃、コツコツと彼のものと思わしき足音が聞こえてくる。
「……サンジ、買い物いくの?」
彼は私が声をかけたことに気付くと、心底嬉しそうに笑って一歩二歩と近づいて来た。
「あァ、どうやらここには最高の食材が揃ってるみたいなんだ!これは見に行かなきゃいけねェと思って。……良ければご一緒にどうですか?プリンセス」
無駄の一つもない綺麗な動作で差し出された彼の手に、迷いなく自らの手を重ねる。彼から誘ってもらえるなんて、願ってもない好機が訪れたものだ。
エスコートしてね。と言うと、言い出しっぺは彼のはずなのに、心底驚いたように目を見開いた。
「素敵な彼氏からのデートのお誘い、受けたらダメだった?」
「まさか!ただ、島に降りることに乗り気じゃなさそうだったから、てっきり今回は船番で残るのかと思ってた」
「断られるの前提のお誘いだったの?……それはごめんね。でも、これで分かったでしょう?自分が困る提案はしないことね」
「困らないさ!素敵な彼女とショッピング出来るなんて、嬉しい誤算だ。……ごめんね、気分を悪くした?」
「ふふ、意地悪言っちゃった。ごめんね、気にしてないよ。ショッピングいこう」
ナミとロビンとの会話の一部を見られていたのかもしれない。意地悪で困らせてごめんね、と謝罪を込めてサンジの手をぎゅっと握ると、サンジも優しく握り返してくれた。
それだけで胸いっぱいになってしまうのだから、もう、どうしようもない。



「へェ……お目が高いなァ、お兄さん!」
「これでもコックなもんでね」
「そりゃァなかなかの腕利きと見た!可愛い彼女も連れて羨ましいもんだねェ!持ってけ、まけてやる」
「あァ、可愛いレディだろ?おっさんもいい目をもってる。5つ買ってく」
「毎度ありィ〜」
いい食材を見つける彼の目は本当に凄いらしい。
どのお店に行っても「それを選ぶか!」とか「やるねぇお兄さん」とか称賛の言葉をもらっている。彼の役に立とうと荷物持ちを申し出たが、持たせてもらった荷物はあり得ないほど軽かった。彼が私に重いものを持たせるはずかなかったのだけれど、納得いかない。「役に立ちたい」と食い下がる私に「じゃあ、料理のリクエストをしてくれないか?」と、彼は言う。言われるままに、次に食べたい料理を何個かリクエストしたけど……うーん、これってやっぱり役には立ってない。
役に立てることを模索しながら、買い物袋を前後に数回揺らした後、サンジをチラリと見る。キョロキョロしながら街を歩くサンジは、まるで宝箱を開ける時の子どものような表情だった。
「サンジ、とっても楽しそうね」
私の言葉に、彼は動きを止めて目を数回パチパチと瞬かせる。
「すまねェ、つい我を忘れて……。退屈させてしまってる?」
「サンジが楽しそうで私も楽しいよ」
「……なんだか恥ずかしいけど、それなら良かった。」
色々なものを目にしてウキウキとするサンジは、普段の大人っぽさとはまた違った雰囲気だった。いつもと違う彼の姿に思わず頬が緩んでしまう。
「こっちにもいい店が!」「美味しい野菜の見分け方って知ってるかい?」「見たことねェ食材だ」「あっちも見ていいかな?」「買いすぎたらナミさんに怒られるよなァ」……なんて、一歩進めばあっちが気になって、また一歩進めばこっちが気になる。心が揺さぶられらものを見つける度に、目を輝かせて私に話しかけるのだ。こんなの、楽しくない訳がない。
「プリンセス、何か欲しいものはある?さっきからおれの買い物ばかり付き合ってもらってる」
「おれのってよりかは、船の皆のための、だと思うけど。ん〜……まぁ、欲しい物はない、かなぁ」
「本当に?」
「本当。私はこうしてサンジと一緒に歩くだけでとっても楽しいから、何もいらない」
「……敵わないな」
サンジは少し顔を逸らしてフゥ、と煙を吐くと、柔らかな笑みを浮かべてこちらを向く。斜めに首を傾けた私をよそに、彼は買い物袋の中から可愛らしい花を一輪取り出すと、私の眼前に差し出した。パッと目の前が鮮やかな花の色に染まる。
「受け取ってくれないかい?」
「わぁ、綺麗……!こんなのいつ!」
「秘密さ」
「すごい素敵なプレゼント!んふふ、嬉しい。本当に、嬉しい。なんだか、サンジにはいつも色々もらってばかり」
「おれにとって、今日君がおれの手を取ってくれたことが最大級のプレゼントだった。……それに、どんなスイーツより甘い言葉をもらって、おまけにこんなに笑ってくれてる。おれの方がもらってばかりさ」
「そっかぁ……お互い様なんだね」
同じ事を思ってた事が面白くて、笑いながらそう言うと「そうだね」と、彼もつられるように笑った。



どうやら彼は島の人に、景観がとてもいい穴場を聞いたらしい。
「一緒に見たいんだ、ダメかい?」なんて、そわそわとした様子で聞かれて、ダメと言える人なんていないだろう。「連れて行ってほしいな」と返事をすると、嬉しそうに私の手を取った。
目的地を目指して賑やかな街を歩く。商売上手が集まるハツラツとしたこの島には、どういう原理か自然と美しい人も集まってくるらしい。
「あっ素敵なおねぇさま!こっちには可憐なレディ……!」
買い物が全部済んだかと思えば、途端にこの状態だ。
さっきから目移りが激しすぎて、こんなに賑わっている街中にいるにも関わらず、浮いてきてるような気がする。街の中心で鼻血を出してないことが、まだ救いであった。
「ねぇそこのお兄さん、ちょっと寄ってってよ?」
「はぁいっ!もちろん……!」
艶やかな雰囲気を纏ったお姉さんが、美しい指でするりとサンジの腕をなぞる。当然の如くメロリンとハートをとばしたサンジの耳を、私は容赦なくギュウ、とつねった。
彼の目に浮かんでいたハートがパチンと弾ける。
「イテテ!」と声を漏らすと、彼はつねられた耳を痛そうにおさえた。ハッと意識を引き戻したサンジ。
「申し訳ありません、麗しのレディ。また今度」と、お姉さんをかわすと、顔を引き締めなおして私の隣をまた歩き出した。
「あらぁ、残念」と形のいい眉を悲しげに下げたお姉さんは、次の瞬間には別の男性の元に向かっていた。普通のお店への勧誘ならまだしも、美人局とか詐欺なら大変な事になる。それこそ、ナミに怒られるだけでは済まないだろう。
女性に対する警戒心が全く感じられない彼が心配でため息を一つついた。隣で、サンジがビクッと肩を揺らす。
「あの、本当にすまねェ、君という人がいながらおれってヤツは……!」
「……気にしないで、とは言わないけど。サンジ、素敵な場所に連れて行ってくれるんでしょう?今からは、目移りしたら嫌だからね。」
くそ、不甲斐ねェ、とぶつぶつ呟きながら、噛み千切りそうな勢いでタバコを噛む彼の背を撫でる。
私が彼に呆れたからため息をついたのだと、彼はきっと勘違いしているのだろう。私はサンジが心配で思わず息を吐いちゃっただけなんだけど。……でも、もう少しくらい、私だけの事を考えて悩んでいてくれたらいい。
意地の悪い私がそう囁いたから、彼の勘違いを晴らそうと開いた口を、また結んだ。



「すごい、本当に綺麗なところ!」
「ああ、空気も澄んでる……すげェ、全部が鮮やかに見えるなァ」
街を歩き続けると、だんだん人が少なくなってきて、さらに歩き続けると、岬のような場所に出た。街の喧騒はいつの間にやら遥か遠くで、ここは波のさざめく音しか聞こえない。果てしなく広がる海も、髪を踊らす潮風も全部今は私たちだけのものだった。
「……さっきは、本当にごめんね」
「え?」
「君がいるのに、他のレディに……」
突然、ポトンと落とされた声。いつもの元気な彼のものとは程遠いほど、小さくて弱々しかった。バツが悪そうに俯く彼は叱られた後の子どものように見える。
「もう、こんなおれには愛想尽かしてしまったかい?」
「どうして、そう思うの?」
「愛しのレディがいる隣で、他の女性に惑わされる男になんて、飽き飽きしてしまうだろう?……呆れられても仕方ねェ」
私を伺うように、ゆっくりと顔を上げた彼の顔は、戦闘の時に見せる凛々しさから駆け離れたような情けない表情をしていた。
「あのね、愛想を尽かしたとか、諦めたとか、呆れたとかそんなこと全然ないよ。あるわけない。でも……そうね、なんだか最近はサンジがメロメロしてても、それもサンジらしくていいなって思うようになってきたの」
「おれらしい?」
「そう。当たり前のことだけど、ムッとするよ?私のことほったらかして!って。ほんのちょっとだけ呆れちゃうけど、怒りとかは全然ないんだ。……あっ、本当に、サンジのこと嫌いになったとかそんなわけじゃ決してないからね。」
上手くまとまらなくて、回りくどくなってしまう。自分の気持ちを伝えるのが難しい。それでも、強ばったような顔をしていたサンジの顔が少しだけ安心したように緩んだから、100分の1でも伝わったのかなって思って、私もホッとする。
「うまく言えなくてごめんね。……その、サンジはさ、世界中の女の子にメロメロしちゃうと思うけど。それでも、どれだけ他の女の子にうつつを抜かしたって、私のことが一番好きだ!っていう自信があるというか。私のことは特別に思ってくれてるんじゃないかって……。すごく、自信家みたいだけどそう思うの」
自分で口に出しておきながら、恥ずかしい気分になってくる。それでも、頷きながら聞いてくれる彼になんとか伝えたくて、上手く伝わってくれと祈りながら言葉を繋げていく。
「サンジの紳士で格好いいところも、女の子に弱いところも、何もかも全部素敵だなって思うんだ。他の女の子にサンジがデレデレしてても、不思議とそんなに不安にならないの。……だから私ね、サンジのこと、もう、愛しちゃってるんだと思う。」
彼のいいところも、困っちゃうようなところも、全てを好きになってしまったのなら、それはもう愛と呼んでもいいんじゃないだろうか。口に出してみたら、自分でも不思議だったこの気持ちにぴったりピースがはまったような、すっきりとした気持ちになる。
横にならんだ彼の腕が、私の腕に触れる。
未だ、何も言わない彼は、いびつに切り貼りしたような私の言葉を、彼の中で綺麗に貼り合わせて、余すこと無く全部飲み込んでくれているように感じる。
穏やかな静寂に微睡んでいると、彼がスッと息を吸う音が聞こえた。
「……おれは、レディの前ではいつでも格好いい男でいたいと思ってる。でも、君の前では、あー、その……格好よくないところも、沢山見せちまってるよな。愛想尽かされても仕方ねェなと思う。それでも、君は全部受け入れてくれていて、こんなおれを好きでいてくれているんだろうなって……確証は何もないのにそう思ってるんだ」
今さっきのだってそうだ、面目ねェ。と苦虫を噛み潰したような顔をする。
私がどれだけもういいよ、と言っても彼はずっと気にするのだろう。それでも、やっぱり女性にメロメロしちゃうんだから困ったものだ。
潮風にあてられて体はスウッと冷えていくのに、胸のあたりはぽかぽかしている。優しい気持ちが溢れてくる。次に続くサンジの言葉を待つように、彼を見上げた。
「おれは、燃え盛るような熱烈な恋も素敵だと思うけど……君とは、穏やかであたたかな、そんな優しい未来を一緒に見る方がいいなって思う。君に恋したその日から、同時におれは君を愛してる。何よりも愛しいんだ、プリンセス」
彼の金糸のような髪に、日の光が差してキラキラ光っている。風に揺らぐ髪の隙間から見えた彼の海の青みたいに綺麗な瞳は、優しさを煮詰めて溶かしたように穏やかだ。愛しいものを見るような眼差しに、自分がどれだけ大切にされているのかを、痛いほど実感させられてしまう。
言いたいことが多過ぎて何を言えばいいか分からない。きゅ、と喉が閉じるような感じがする。
波の音も聞こえない、他の何も見えない。もう彼の声しか聞こえないし彼しか見えない。
「……ねぇ、世界で一番、愛してるよ」
思考を凝らしても、出てきた言葉はそれだけだった。
彼は、大切なものに触れるように、私の頭を優しく撫でる。
「おれは、永遠に君のものだ」
口を開けば、涙が出てしまいそうで。息を飲んでグッと堪える。
返事の代わりに、彼の左手の薬指に口付けた。



ねぇ、永遠のしるしに指輪でもみていく?少しおちゃらけて私が言うと、彼は真面目な顔でポケットから小さな箱を出した。
驚いて、目を見張る。
パクパクと口を開閉する私の前に「ずっと、渡すタイミングを探してたんだ」と告げて、地に片膝をつき微笑む彼。
彼の口から紡ぎ出される甘い言葉の数々に、何度も頷くことしかできなかった。
なんて素敵な日なんだろう。
今の私はきっと、この島一番の幸せ者だ。容量オーバーの幸せに鼻がツンとして、喉がひきつる。さっき折角こらえたのに、堰を切ったように涙が流れだす。彼の手は、溢れる私の涙を優しく拭う。
その手を引き寄せて大きな彼の背に手を回し、強く強く抱き締めた。抱きしめ返してくれた彼の手はやっぱり優しくて、余計に涙がでた。

――遠くから、ルフィが私たちを呼ぶ声が聞こえる。あと、焦ったようなウソップの声も。
「まァたなんかやったか?」
「でも、とっても面白そうな事の予感がしない?」
「ああ、違いねェ」
互いの背中に回していた手を、ゆっくりと離すと、さっきまでの甘やかな雰囲気が幻のようで、可笑しくなってきた。
ぶはっ、と息を漏らしたのが彼と同じタイミングで。それがまた可笑しくて、嬉しくて、顔を見合わせて笑った。

特別で素敵な今日という日は、まだまだ終わりそうにない。
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