君は運命になり得るか



わしの想い人はしっかりしとる。彼女はどんな人なん?って誰に聞いてもしっかりしてるとか、頼りになるとか、何でも安心して任せられる…とか、そんな人やと言うと思う。プロデューサーとしてキビキビ働いている彼女を見たら、誰だってそないな風に思うやろうなぁ。

「プロデューサーはん、おはようさん」
「あ、こはくくん!おはよう」
「……髪の毛、はねてるで?右側のあたり」
「え!うそ、ここかな?」
「ちゃうちゃう、上」
「うえ」
「行き過ぎや…あぁ、わしが直したるから、そこにええ子で立っとって」

ええ子…?なんて、彼女はわし言うた言葉を反復する。自分がなんでそんなたしなめられているのか理解できないといった表情で、でもちゃんと律儀に彼女はわしに髪の毛のはねを直されるまでじっとしとった。
みんなの評価の通り、基本的にしっかりしとる彼女やけど、よくよく観察したら抜けてるところはあるし、おっちょこちょいというか放っとかれへんような動きをすることがある。彼女を見るたびに危なっかしい場面に出くわすもんやから、わしが面倒みなあかんっち思って目で追うようになった。
彼女自身も自分はしっかりしとると思っとるんか、わしがこうして事あるごとに構うことを、小さい子が背伸びして他の子の面倒見たがるような時期みたいな信じられんくらい不名誉な、そんな解釈をしとるらしかった。

「プロデューサーはん」
「なぁに」

なんとも微笑ましそうにわしに笑顔を向ける彼女が、好きで嫌いや。警戒心っちもんがないとつくづく思うけど、でもそれは多分わしやからや。プロデューサーはんは他のやつらよりも小さくて、年下のわしを猫可愛がりするきらいがあった。とことん甘やかしてもらえるから、ありがたく享受しとったけど、甘やかすそれが男に向けるものじゃなく、愛玩動物を可愛がるようなもんやと気づいてから、甘やかされることにモヤモヤした。「子供扱いすんな」っち言うて拒否したろかと何回も思うたけど、しょんぼりする彼女を想像したら拒絶もなんとなくできんかった。だってそうやろ、どんなシチュエーションであれ、悲しい顔なんか見たないやんか。
わしを1ミリも意識してないのが見て分かる。ニキはんにこの前あ〜んされとった時の方が真っ赤になっとった。思い出すだけで胸がムカムカしてしゃあない。

「あんな、プロデューサーはんには、わしがおらなあかんなぁ…っち思ってん」
「え?」
「ほら、髪の毛はねとるし、急いで廊下でこけそうになっとる時もあった。鉛筆取りに行ったのに消しゴム持ってきとった時もあったし、他にも……」
「ちょっ、ちょ、待って待って本当に待って」

彼女はパチパチと目を瞬かせて、どういう事やと言わんばかりの驚きの表情を浮かべた。クールに見えて表情が豊かなんや。そういうところも愛らしいて仕方ない。彼女の頬向かって手を伸ばして、慈しむようにするりと撫でる。かっと顔を赤らめた彼女に、浮かれてまうくらい気分が良くなった。

「こ、こはくくん」
「なんや」
「これは、なんでしょう、ほっぺを…」
「随分可愛らしい反応してくれるもんやから、止まらんなってもてなぁ」
「かっ、かわ、うぁっ」

頬に影をつくる髪の毛を、そっと耳にかけてそのまま耳たぶに優しく触れる。1歩彼女に近づくと、頼りない足取りで1歩下がろうとするもんやから、腰に手を回して動きを静止した。ますます彼女は戸惑って、目は泳ぎまくっとるし、言葉にならん言葉を口からもらしとった。わしの一挙一動で、こんなにも心を乱して揺れてくれとる事が嬉しくて仕方ない。

「待って、こはくくくん、だめだとおもう」
「ん、なんやの?そんな可愛ええ声だして」
「そ、それ、可愛いとかだめ、」
「思ったこと言うとるだけなんやけど……あかんかった?」
「えっと、だめとかじゃ、ないんだけど……」

待てと言われても待たへんよ。だってそんなことしたってぬしはんのこと手に入れられへんやろ。
お願い事に弱いところもどうにかせなかあんで、わし以外におねだりされてホイホイ言う事きかれたらたまったもんちゃうわ。ぬしはんが甘いのはわしだけにしとって、しゃあないなぁって柔く笑う一等愛らしい顔は他の男には見せんとってほしいわ。

……なぁ、これでやっと意識してもらえたやろか。どんなにたじろいでも慌てても、振り向いてもらえるまで押して押して、押しまくるから覚悟しときや。

「こはくっ、くん。つ、次仕事があるとおもいます」
「あぁ……せやったな。ほな、お仕事行こか♪」
「あ、手、ちょっと、」

ぎゅ、と彼女の手を引いて進む。困り果てた口調の割には手を振りほどく仕草はない。彼女が優しからかもしれへんけど……まぁ、そこに付け込ませてもらうわ。ずるい男で堪忍な。でもやっとわしにドキドキしてくれた、スタートラインに立てたんや。絶対この機会を逃したりせえへんから。
これからずっと、わしのことしか考えられへんなってほしいわ。なぁ?プロデューサーはん。

title 喉元にカッター
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