結局、仕方ないなって笑うんだ



カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて目が覚めた。少し腰が重くて、ほんのりと甘い気だるさが残っている。もっと眠っていたかったのに、なんて思いながら「うう、」と不満を漏らすように小さく唸って身をよじると、すでに起きてベッドに座っていたいたニキくんに軽く体をぶつけた。「まだおねむっすかぁ」なんてご機嫌そうに降ってきた優しい声に目を開くと、彼は長い髪を軽く手ぐしで整えながら器用に結っている。「あちー…」なんて小さくこぼして慣れた手つきで髪を結ぶ彼をぼーっと眺めていると、彼の首筋にちょん、とほくろのようなものが見えた。もしかして見間違い?そう思ってもう一度よく目を凝らして見てみたけど、やっぱりほくろのようだった。左首筋、髪の毛との境、生え際のあたり。付き合いはじめてまぁまぁ経つのに知らなかったと静かにショックを受けたものの、次の瞬間には、あんなところにほくろがあるってちょっとやらしいかも……なんてよこしまな考えが脳内を埋め尽くしていた。
若干重たい体を引きずるように起こして、私も彼の横に座る。彼のほくろに手が伸びたのは、ほぼ無意識的だった。

「えいっ」
「うぎゃ!!……ちょ、ちょっと何するんすかぁ!」
「ほくろ見つけたの」
「んも〜、なんすかそれ!やめてくださいよぉ。びっくりしちゃうでしょ」
「そんなこと言われても気になっちゃったから」

すっかり髪を結び終えて露わになっている彼のほくろに、ボタンを押す要領でポチッと触れると、よっぽど驚いたのか彼はひどく大きく肩を揺らした。ほくろを隠すように大きな手で首を覆うと、ムッと咎めるような目で私を見る。そんな顔したって全然怖くないし可愛いだけなのに…と思ったけどますます怒らせちゃいそうだから口には出さない。言い訳にもならない言い訳を並べてみたけど、もちろんそれで彼が納得するわけもなく、相変わらずプンプン怒っていた。

「機嫌なおしてニキくん」
「なんか、からかわれてる感じするんすけど」
「からかってないよ、本当に。そんなところにほくろがあるって初めて気づいたから気になっちゃっただけなの」
「えっ、はじめて気づいたんすか?今日?!」
「うん」
「ずっとここにほくろあったのに?」
「へー!そうなんだ!」
「えぇ〜っ……」

さっきまで怒っていたのに今度はしゅんと項垂れる。「僕のこと、もっとちゃんと見てほしいっす!」って彼は言ったけど、別にちゃんと見てないとか興味が無いとかって訳じゃないんだけどなぁなんて思いながら彼の頭をそっと撫でた。感情豊かな彼に思わず笑いが漏れてしまって、彼はそれがまた少し気に入らなかったようだけど、撫でる私の手にゆるゆると頭を擦り付けるような仕草をみせていて、そのへんはちゃっかりしていてまた面白い。

「僕は君のほくろの位置ちゃんと知ってるのに」
「なんて?」
「僕は君のほくろ見つけるたびに、やらしーなぁって思うんすけど……君は?どう思いました?」
「え?ちょっと、なに、を」

ニキくんこそからかってるの、って言い返そうとした口は、彼の表情を見た途端にきつく結ばれる。さっきまでとはうって変わって、スッと目を細めて笑みを浮かべる彼は先程までの幼さの影も形もない。「ねぇ、」と緩やかに動いた彼の口元に、急激に体温が上がる。意地悪されてる、からかって楽しんでる、そういうときの顔だ。

「無言は肯定ってことでいいっすかね?」
「……だったらなに」
「えっち」
「そっちこそ」
「……君は、自分の膝裏にほくろある事とか背中に2つほくろある事とか知ってる?」
「そうなの?」
「そうっすよ。……僕はね、君が知らない君のことを知るたびに、たまらない気持ちになるんすよ」

「知らなかったでしょ?」その言葉を紡ぐと同時に、彼は軽く私の肩を押す。無防備だった私の体は、やっとの事で起き上がったはずのベッドに吸い込まれるようにしてまた倒れた。見上げた先には、ひどくお腹を空かした様子の彼と真っ白な天井。彼の結った髪を解くようにゴムを引っ張るついでに、またほくろに触れる。あぁ、しっぽ髪はチャームポイントだからあまり乱暴にしちゃだめなんだったっけ?彼は擽ったそうに一瞬体を揺らした後、悔しそうな目を私に向けた。ギラギラと鋭く光る彼の目に、ちょっとやり過ぎちゃったかもなんて思うけどもう遅い。

「僕が知ってる君のこと、今からぜーんぶ教えてあげますからね」

「触っていい?」なんて聞いてきたけど、肯定以外認めないくせに。でも、何言われても私は結局許しちゃうんだと思う。だって、ニキくんがお願いする時の顔にはどうやっても勝てそうにない。断れた試しがないんだもの。
小さく頷くと、彼は満足そうに表情を緩める。好きだ、その逃してくれなさそうな顔も好きでたまらない。私もゆるりと微笑み返すと、彼は差し込む朝日から私を隠すようにカーテンの隙間をしっかりと閉じた。

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