見て見ぬ振りの呼吸音



「お前はどうしたいの?」



あまり意見を言わない私に、おそ松くんはいつもそう問いかける。これは学生の頃からずっとだった。クラスでワイワイ意見を出し合う時、自分でもイライラしてしまうくらい引っ込み思案の私は思った事があってもなかなか口に出せない。機会を伺っていたらそのまま話し合いが終わってしまうことが少なくなかった。そんな時自然に話をふってくれるのがおそ松だった。彼が助けてくれたのはこれだけじゃない。考えてみればどんな時も私は彼に助けてもらってばかりだった。意見が言えない時、流されてしまいそうな時、思いが伝わらなくて喧嘩した時……。彼はいつも手を差しのべてくれたし、助言してくれた。

輪から1歩下がっていた私をいつも引き込んでくれるのが彼だった。まるでヒーローみたいにキラキラの笑顔で私を導いてくれる。彼の太陽のような笑顔に憧れ、そして彼のようになりたいと思うようになった。その憧憬は次第に彼への恋心を芽生えさせていった。

いつもみんなの中心の彼と端のほうにいる私。叶うはずも届くはずもない思い。それでもつたえようとしたことは何度もあった。でもいつも決まって声がでなくなる。私が伝えることによって「おはよう」の挨拶も笑顔も向けてくれることが無くなってしまうのではないかと考えると怖くて胸が痛い。結局何も出来ないままだった。

引きずったまま大人になって、彼とは相変わらずただの友人という関係。私が彼を好きな気持ちも変わらないし、周りに押されて意見がなかなか言えないのも変わらないままだった。




「おそ松くん。私ね、お見合いしなきゃいけなくなったんだ。」


今日は私の家で久々に飲み会をした。今までを振り返りながら飲む酒は思ったよりも進んで辺りには結構な数の缶が無造作に転がっていた。目の前には酔い潰れて机に突っ伏しているおそ松くん。そんな彼に届くはずもないのに、ぽろりと口から言葉をこぼした。
呑んでいる途中、「ちよこちゃんは相変わらずだなぁ」と気分が良さそうにへらへらしながら言ったおそ松くん。その言葉に私が微かな希望を持ったこと、少し泣きたくなったこと、目の前で眠っている彼はきっと知らないのだろう。

喉がきゅっと締まって鼻の奥がツンとする。視界は一気にぼやけてグラグラと揺らぐ。
このお見合いはもう顔合わせみたいなものだ。これが終わればドレスや式場、新居の用意が着々と進んでいくだろう。私はついに思いを告げられぬまま違う誰かと籍を入れるのだ。
自分が憎い。いざというときに声も出ない。今、口から溢れ出るのは嗚咽だけだ。縋るように彼を見ても、彼は頭を上げすらしない。スースーと規則正しい呼吸音を立てて幸せそうに眠っているのだ。



「お前はどうしたいの?って、聞いてくれないんだね。」



もし、彼が起きていたのなら、「もう子供じゃねぇんだから」って困ったように笑うのだろうか。



見て見ぬ振りの呼吸音




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title by.星食

20180511

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