Live until you die.

※死ネタ注意

 手紙が届いた。差出人の名前はない。封筒を裏返すと、送り手の性格を表すかのように几帳面に押された封蝋が目に入った。封蝋に刻まれた紋章を見て、私はこの手紙の差出人を知る。これは、彼から届いた最期の手紙だ。
 日刊預言者新聞に毎日掲載される死亡者数とその名前は日ごとに増える一方で、もはやすべてを把握することなどできないほどだった。名前を言ってはいけないあの人はどんどんとその力を増し、魔法界に仄暗い影を落としている。
 星の名を冠したその名前が日刊預言者新聞に掲載されたのはつい先日のこと。新聞の端にほんの小さな文字で刻まれた彼の名前は、翌日には別の人の死亡報告に変わってしまった。彼の生きた証など、まるでどこにも残されていないような、そんな気さえした。
 開く気には慣れなくて、私は手紙を放り投げた。紙であるはずのそれが、なぜかこつんと固い音を立ててマホガニーでできた机の上に落ちる。暖炉の火と窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を照らしていた。部屋の隅に置いてあった肘掛け椅子に腰かけてそっと目を瞑る。明日は早い。部屋を片付けて、お気に入りの紅茶を淹れて、それから。
 ああ、私も手紙を書かなければならない。唐突にそんなことを思いついた。なるほど、先ほど届いた手紙はこのことを知らせてくれたのかもしれない。それを遺していかなければ、きっと両親や友人たちが心配してしまうだろうから。


 夢を見た。懐かしい夢だった。
 ホグワーツの湖のほとりで、彼とふたり、星空を見上げていた。春になったとは言え夜はまだまだ冷え込む時期で、彼が小瓶の中に灯したリンドウ色の火で暖をとりながら、大きなブランケットにふたりでくるまっていたことを覚えている。こんなとき、彼はいつも空に輝く星を見ながら、その星にまつわる神話を語り聴かせてくれた。
 天文学には明るくなかったけれど、彼の話してくれる星々の逸話はいつだって私の心を楽しませた。その日もいろんな星座の成り立ちを教えてくれたあとで、彼は思い出したかのようにこう言った。

「そうだ、伝えたいことがあったんだ」

 そう言って彼は何かを告げようとしたけれど、ふと曖昧な笑みを浮かべて口を閉じた。影を落とし込んだような彼のグレーの瞳がやさしく弧を描く。そのさまを目に焼き付けながら彼の言葉の続きを待っていると、彼は伏し目がちに口を開いた。

「……いや、やっぱりやめておこうかな」
「今言ってはくれないの?」
「言うべきときは今じゃないからね」

 そう言って彼はきれいに口角を上げる。

「きっと君が必要としているときに、それを伝えるようにするよ」

 満月の灯りと星々のきらめきを背負った彼は、まるで芸術品のようなその端正な顔にどこか悲しげな笑みを浮かべていた。

「だからそのときは、意地を張らずに聞いてほしい。頑なな君にも届くように、精一杯声を張り上げるからさ」

 そう呟いた彼に、私は何と返しただろう。あの晩の続きをまったく思い出せないまま、ぱちりと目が覚めて、私は慌てて起き上がった。


 閉じ切っているはずのカーテンの隙間から朝日が差し込んで、部屋のなかに一本の光の道筋が描かれている。その光は地面を伝い、部屋の真ん中にある机を照らしていた。先ほど見た夢に誘われるように、私は昨晩放り投げたその手紙を拾い上げる。ゆっくりと封を切り、中に入っていたものを取り出すと、そこには小さな羊皮紙の切れ端と銀色に輝く指輪があった。
 震える手で指輪を持ち上げる。その指輪の意味が分からないはずはなく、私はそっとそれを左手の薬指にはめた。不思議なことに私の指にぴったりと合うその指輪をしたまま、今度は小さく折りたたまれた羊皮紙を手に取った。そこには見慣れた字で、たった一行、こう書かれていた。

 ――――Live until you die.
 
 死ぬまで生きろ。私の考えていることを見透かすかのようなその言葉に、私は思わずその手紙を胸に抱きしめた。彼の訃報を聞いたあとも流れなかった涙が次から次へと溢れ出てくる。


 銀色の指輪が朝日を反射して眩しかった。

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