そのままの君で

彼はいつもふらり 現れる。
野良猫みたいに自由気まま、あてのない旅の途中にたまたま寄ったような気楽さで
「来た」
そうやって一言だけいい、当たり前のように庭先のハンモックに滑り込む。大きな樹に釣り下がっているそれは陽射しを遮り、入りこんでくる風はとても優しくお昼寝するには最適な場所であった。
家主である四季は何も言わない。滅多に使わないから、使いたい者が使えばいいと半ば放置していた。といっても密が使うことで小奇麗にするようになり傍で日向ぼっこもするようになり時折密に連れられてか猫の集会なるものも見かける。
そろそろ休憩を挟んでもいいかと思っていたので甘党の彼のために和三盆糖を使ったミルクティでも淹れて持って行こうかと腰を上げた。

目を閉じて規則正しい寝息が聞こえる彼の周りに猫が1匹入り込んでいた。
そのうち起きるだろうとテーブルの上にマグカップを置いて、リクライニングチェアに乗り足を伸ばす。本を開いたら「四季」ぽつりと呼ばれた。
「ミルクティ淹れたけど飲む?」
「飲む」
いつもならすぐ腕が伸びるのに、彼は動かなかった。まさかの寝言だったか?近づけば何処か遠くを見るように寂しさを滲ませた瞳とかち合う。
「四季──御影密として生きるにはどうしたらいい?」
「そのままでいいんじゃん?」
さもありなんといったふうに飾り気のない言葉。悩みも過去も全部話してないし心なんて読めるはずもないからこの反応は当たり前で、だけどなんとなく気にいらないのは四季が自身のスマホを触りだしたのだ。
「聞いたのが馬鹿だった」
ぼそっと呟いて寝返りをしてそっぽ向いた。
「あっ!聞いといてその態度はないんじゃないか?」
ワシャワシャ豪快に頭を撫でる。眉をしかめるものの目は開けない。代わりに、と言うかのように近くにいた猫が「にゃーん」と可愛く鳴いた。
目を固く閉じている密の顔はなにか思いつめているような感じはしなくもない。昨夜も誉からメールが来ていた。密の様子がおかしいと。誰かと喧嘩をしたわけでもなく主演をすることでなにか躓いているのかもしれない。でも、もしかしたら──仮定の域をでない憶測だけの内容は聞いていたが密が私に答えを求めているとは思わなかったのだ。
「お前自身の人生だろ。誰かの真似なんてできるわけがない。神様がいるとして、正しいとされる答えを聞いてそのまま行動するのか?私はNOだ。私が考えて悩んでそれが後悔することだったとしても私が自分で決めることだからだ。誰かに助言は求めたとしても最終的な判断は私が下す。私の人生だからだ」
「……それ至が持ってた漫画に似てる」
ごほんとわざとらしく咳払いをした。
「生きてたら何かしらあるわ。諦め」
眉間に皺を寄せたのが面白かったのか笑い飛ばされた。
「全部捨てるのと、仕切り直すのは別物だしな。それに──」
さっきまで見ていただろうスマホの画面を見せられた。それはメールアプリのトークルームで、アリスが俺がきていないか?と質問があり、来てるよと返して、紬や東、監督までも招待してグループとなり電話の着信や心配しているメッセージが続々と送られてきていた。
「何があっても受け入れてくれる仲間がいるじゃないか」
既読はつくが返事を返さない四季に痺れをきらしたのかまた新しいメッセージが届く。
目頭が熱くなるのを感じて悟られないように言った。
「早く寮まで送って」
「迎えにくるって言ってるよ?!」
いつの間にかカップは空になっていて、幾らか明るくなった表情に安堵しつつ駐車場へ向かった。