部活の終わりに渡された数枚のプリントに目を通す。毎年行われている梟谷グループの夏合宿についてつらつらと書かれている。昨年はマネージャーとして不慣れなことが多くあまり役に立てなかった記憶しかない。2年目となった今年は、もっと頑張らなくてはと気合を入れる

と、その合宿前に京治に話しておきたいことがあるのだけれど、木兎先輩と打ち合わせでもしているのか先ほどから姿が見当たらない


「なまえちゃんもう帰る?」

「かおり先輩!えっと...ちょっと赤葦に用事があって」

「そっか!じゃあ赤葦待ってるついでに、用具室の鍵お願いしてもいいかな?今日友達待たせちゃってて」

「大丈夫ですよ。私やっておきます」


ありがとう、と言って先輩は体育館を出て行った。今日は自主練している部員もおらず、体育館には私一人だけだ。自分の足音だけがキュッと鳴り響くのがなんとなく寂しくて怖い気がした。早く用具室の鍵をかけて明るい場所で彼を探そうと、用具室に入り戸締りの確認をしていると体育館に誰かの足音が響いた。その足音になんとなく聞き覚えがあるような気がして用具室から顔を覗かせるとやはり彼の姿があった


「なまえ、ひとり?」

「うん、施錠頼まれて今確認してるとこ」

「......見つかってよかった」


はぁ、と深い溜息をついた彼にどういう意味かと問いただしてもなんでもない、と交わされてしまう


「京治、この後用事ある?」

「特にないけど」

「じゃあ一緒に帰ろ、話したいこともあるし」

「わかった。俺も部室の鍵職員室に持っていくから早くここ閉めよう」


急かされるように施錠をし、部室に寄り職員室へと鍵を戻した。部活が終わってから思っていたよりも時間が過ぎていたようで空はほんのりと薄暗い


「それで、話って」

「あー...うん、あのね、そんなことって思われるかもしれないんだけどね、」

「ちゃんと聞くから大丈夫」


繋がれた手に、ぎゅっと力がこもる


「部活中は、今までみたいに赤葦って呼んじゃダメかな...」

「...なんで?」


別に下の名前で呼びたくないわけではない。ただ部活となると、マネージャーという立場で他の部員と分け隔てなく接するには、いくら態度が同じであっても贔屓しているように自分では感じてしまうのだ。そしてこの先赤葦が主将となった時、下級生から恋に現を抜かしていると思われたくもない。もちろん赤葦のことだから抜かりなくこなしていくのだろうけれど、それでもけじめをつけたいと思っている

拙い説明だったけれど、赤葦は最後までしっかりと耳を傾けてくれた


「なまえって真面目というかバカというか...」

「バ、バカ...!?」

「俺のことも考えて悩んでくれたんだろ。それなら俺は受け入れるしかないよ」

「ごめん...」

「別に怒ってるわけじゃないから...でも、」




#name2の言うこと聞いてあげるんだから、俺のお願いも聞いてくれるよね





わざわざ耳元で言う必要があっただろうか、ぞわりとした感覚に身を捩った。繋いでいた手を引かれ、赤葦の腕に抱きしめられる


「ちょ、ここ、外っ」

「誰も通らないから大丈夫」

「で、でも、赤葦っ」

「部活以外では"京治"、でしょ」

「.......京治」

「なあに」


下の名前で呼べば、それはそれは甘い声で私を溶かしていってしまう。この男は私に何を望むというのだろう


「お願いって...」

「なまえからキスしてほしい」

「えっここで!?」

「ほら早く、誰か来ちゃうよ」


こうなってしまっては、京治は意地でも動かないことを知っている。木兎先輩の面倒を見ていることもあって聞き分けの良い男に見えるかもしれないが、彼は私の前ではとんでもなく意地悪で、子どもっぽくて、かっこいい。最後まで悪口を言い切れなかったことが悔やまれる。仕方ない、腹を括り京治の腕を引き頬にちゅとひとつキスを落とした


「外だから、これで、我慢して...」

「外じゃなければちゃんと口にしてくれた?」

「それはっ......んっ」

「ごちそうさま」


考える暇もなく唇を奪われる。子どもが悪戯を成功させたときのように笑う京治に、私は怒れず2人で並んで歩くことしかできなかった




2016.03.24