「なまえ、荷物置いたらここに来て」
お風呂上がりに待ち伏せしていたかのように京治に話しかけられる。一瞬姿が見えなくて驚いたのだけれど、声をかけた本人はそれを気にする様子もない
「服置いてくるからちょっと待ってて」
「うん」
周りからいつも無表情だと言われる彼だけれど、私はそう思わなかった。むしろよく笑い、よく拗ねて、よく意地悪いことを言ってくる年相応の男の子だと思っていた...でも、たった今見た京治の表情は何も読み取れなかった。何故だろう、何かしてしまったのかな。そんな気持ちが足をせかせかと動かし、早く京治の元に戻ろうと焦らせた
「ごめん、お待たせ」
「こっち」
言葉数も少なく、私の手を握ってずいずいと進んでいく。明るかった宿舎の廊下から階段へ向かい、1番下まで降りて...そうしている内に道を照らす光は月明かりとポツリと立つひとつの街灯だけになっていた
「ねぇ...どこ行くの...?」
「もう少し」
何を返しても一言で終わってしまう。本当にどうしたのだろうか、何も聞けないこの空気が心を暗くしていった
「着いたよ」
「えっ....わぁ...すごい!」
体育館の裏の階段、全く人気も電気の明かりも届かない場所、そこからは雲ひとつない夜空と綺麗な月がよく見えた。きらきらと光る星は東京ではなかなか見る機会がない。宝石みたいに光る星に興奮してしまって子どものようにはしゃいだ声をあげた
「すごい、ねぇ、京治見て!」
「見てるよ、...なまえ」
「え、」
いつの間にか京治の腕の中にいた。ぎゅうぎゅうと普段よりも強く抱きしめられて少し苦しい。顔は見えないけれど、なんだか京治が泣いている気がして、私の心もぎゅっと苦しくなった
「ねえ京治、どうしたの?」
「なまえ...お願いだから俺以外の男の前で可愛いところ見せないで」
「私可愛くなんてないよ?」
「そんなことないから...黒尾さんとかなまえのことそういう目で見てるって知ってた?マネージャーの仕事だから仕方ないって我慢してたけど、音駒じゃなくて俺の近くにいて欲しいってずっと思ってた...本当に隙あらばって感じで気が気じゃないし、合宿中だからあんまりなまえとも話せなかったし....」
悲しい声で吐き出された言葉により一層心が軋んだ音を立てる。大丈夫だよ、なんて言葉ではきっと京治には足りないだろう、それならば私にできることは
「京治、」
少し身体を離してしっかりと京治の顔を見る。困ったように眉毛を下げる京治の首に腕を絡ませて背伸びをしてキスをする。彼みたいにうまくできない触れるだけのキス。
「っは、....心配しなくても、黒尾さんは鬱陶しいお兄ちゃんって感じにしか思ってないし、私だって梟谷から離れて京治の近くにいられないのは寂しいよ」
「なまえ...」
「でも私が見ていない間にまた強くなってるんだってわくわくするの。次に梟谷を見たときにどんな変化が生まれてるのかなって、すごく楽しみなんだ。誰が何を言っても、私には京治しか見えてないから大丈夫...だから、信じて」
もう一度京治にキスをする。今度は彼もぎゅっと私を抱きしめてくれた。返事の代わりなのだと思う。私の気持ちが伝わってるといいな、とぼんやり頭の隅で考えた
「なまえのこと充電させて」
「ん、どうぞ」
「えっ......いいの?」
自分から言っておいて私の返事にきょとんとした顔をさせる京治に、なんだか笑みが零れた。言ってる意味わかってる?なんて聞かれて、ちゃんとわかってるよ、と答えれば少し驚いていた
「いいよ、私が京治のこと大好きってもっと知ってほしい」
「....っ、そういうの、狡い」
「ふふっ、ほら早く充電しなよ」
暗くてよくわからないけれど、京治の顔がほんのり赤く染まった気がした。もっともっと大好きを伝えたい。京治の不安が少しでも取り除けるように
「なまえ...ありがとう」
それから、煽ったこと覚悟しろよ。なんてもういつもの京治に戻っているようで、笑ってる場合じゃないのに笑ってしまった
京治が私のこと大事に思ってるくらい、私も京治のこと大事なんだよ
大好き。ほら、もっと伝わって
2016.04.15
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