『お疲れ様、はい、これご褒美。疲れた身体に染みるよ〜』

入部早々今泉っちゅーすかした奴にレースで負けてまうなんて、全然派手やないし格好悪いし小野田くんにも悪くて悔しくてたまらん。汗に隠してぽろりと涙が出たとほぼ同時に差し出されたのは小さなべっ甲飴。有無を言わさずワイの手に握らされて、びっくりして顔を見ればへらっとその先輩は笑った。ただ、何も言わずワイの隣にしゃがんで覗き込むような体勢でにこにこ笑っとる。
確かマネージャーしとる先輩で初めて喋ったけど、イメージで思ってたよりゆっくり話す人やな。

「おおきに、」
『鳴子くんめっちゃカッコ良かったよ。坂道終わってからの追い上げ興奮した!』
「でも……、負けたわけやし」
『まだ始まったばっかりなんだし、目指すはインターハイなんだからそれくらいでつべこべ言ってたらダメだよ』
「……そうですね」

ガサコソと先輩も1つ飴の袋を出してきて、自分の口に入れてから俺にも舐めるように促した。せやから言われた通りワイも頬張ればじんわり飴独特の甘みが口全体に広がって、確かに疲れ果ててる今、なんか染みた。

『この飴ね、ただのべっ甲飴かと思いきや中に少しだけ塩が埋まってて、時折甘さの中にしょっぱさがあって美味しいんだ』
「てゆうかちょっとしょっぱすぎっすね」
『……そう?』
「ちょ……」

しょっぱいのは飴だけやなくて、ただワイが泣いてるからやねんけど悔しくて飴のせいにすれば、先輩は持っていたタオルでごしごしと俺の顔を拭いてきた。
それにびっくりして、タオルを奪えばにこにこと先輩は涙止まった?と笑った。
……確かに止まった。そんな風に拭われるやなんて思わへんかったし、あまりにびっくりして涙なんかどこかへ行ってもうた。

『その飴ね、私お気に入りだから普段は人にあげないの』
「……え?」
『だから内緒、鳴子くんは特別』

皆に言っちゃダメだよってこっそり耳元で囁いて、悪戯っ子みたいな顔をしてにんまりした。

『あ、金城が呼んでる!はいはーい!今行くよー!じゃあね、』

ワイが返事をする前にバイバイと手を軽く振って、先輩は俺の傍から離れて行った。なんやってんやろ、あの人。ただ飴くれて、タオルでごしごしされただけやんな? あ、タオル……もしかしてこれワイが使ってええやつなんかな? タオルの端には名前ではなく、総北自転車競技部の文字が入っとった。

それは甘くて、しょっぱな…

それから先輩は小野田くんやら皆に飴をあげとったけど、ほんまにあの飴は誰にもあげとらんかった。それがなんだか嬉しくて、一人優越感に浸る。
ワイは特別、か。

あ、しょっぱい。だいぶ小さくなった飴の最後だろう塩のかけらを感じた。ほんまに甘くてしょっぱいなぁ。もし、次は勝てても飴くれるんやろか?名残惜しくも口から消えた飴は、ワイに何かを残した気がした。……先輩、名前なんて言うんやろか。

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