御堂筋くんに、別れを告げられたのは夏休みに入る2日前のことだった。
高校生活初めての夏休み。始まる前から浮かれていた私は、彼のたった一言で、地に叩き落とされた。
「もう会わん」
たった一言。それだけを言われて、本当にその日から会うことも、メールも電話も何も来なくなった。私にどこか悪い所があったのか、嫌われるような事をしたのか、聞きたいことはたくさんあったけど、聞いてもどうしようもなくて、むしろ御堂筋くんはそういう事されるのが嫌いだろう、ってのは分かっていたから足掻くことだけはしなかった。私の唯一のプライドで堪えた。

なのに、どうして私は今、箱根にいるんだろうか。神奈川の叔父の家に泊まらせてほしい、とお願いしてまでここへ来てしまった。
これで本当に最後にするから、最後に御堂筋くんの格好良い姿を目に焼き付けておこう、そう思って出来るだけ目立たないように、遠くから展開を見てきた。

3日目の今日、御堂筋くんの独特のカットされた髪が短く刈り上げられていた。どうしたんだろう、昨日負けたことときっと関係あるんだろうか、きっと関係あるんだろうけど、それを聞けないし知れない自分が恨めしい。
スタートだけを見送って、後はゴールへ移動して待つしかない。今日は勝てるのだろうか。御堂筋くんが拘る1位を、取れるのだろうか。
1位になって、おめでとうと言えたら、笑ってくれるのだろうか。
移動中、考えることは自分に都合の良いことばかりで、そんな訳がない……と1人感情の起伏を繰り返してしまう。

「なまえか?」
『……石垣先輩』

ああ、やっかいな人に見つかってしまった。ゴール地点とテントの間をうろうろとしていた私が悪いけれど、まだ先頭のゴールも来てないと思ってたのに、なんでここにいるんだろう。
私の顔にそう書いてあったのか、石垣先輩は苦笑して、リタイアしたんや、と教えてくれた。
そして、一拍置いてから御堂筋も今こっちへ向かっとるみたいや。と、至極言いにくそうに告げた。

*

目が覚めると、ボクはベッドで寝かされとって、脇にはおらんはずの子が疲れたんか上半身だけベッドに預けたまま寝息をたてとる。
なんでなまえがここにおるんやろうか。ボクの考えとることが分かるんやろか。
それとも、記憶はないけどボクが呼んだんやろうか。
夏休みに入る前、ボクはインターハイに集中するためだけになまえに別れを告げた。自分で自分の事は分かっとるつもりやし、なまえがおると集中出来ん、そう思うて一切の連絡を絶った。でも、それは手遅れやいうことに気づいたのはこのインターハイが始まってからや。
練習の時は考えんようにしとったし、ペダルを回した分だけロードバイクのことを考えることが出来た。でも、それは気がしただけやった。

ボクにはなまえが必要やし、もしなまえがまだボクを必要としてくれるなら……、
そんな甘い考えがよぎる。せやけど、キミがここにおるってことはそういう事やろ? なぁ、なまえ。

『ん…』
「起きたん?」
『え? 御堂筋くん? え?!起きたの?!』
「見たら分かるやろ」
『あ、うん、そうだね…』
「なんでなまえがここにおるん?」
『え、と……』
「ボクええ方に解釈するで」

ふわりと御堂筋くんの手が私の髪の毛を梳いた。
ええ方に解釈したいのは私の方だ。これは夢なのか、私の妄想なのか。言葉に出来ない気持ちが全部顔に出ているのか、見透かすように御堂筋くんは私の頭を撫でる。

『あの、』
「ボクな、本気で勝つためにはキミがいたらあかんと思うてん。集中せなあかんって。」
『うん……』
「せやけど、キミがいなくなったら余計あかんかったわ。キミが、…キミはまだボクのこと好きやって自惚れてええん?」
『御堂筋く、ん、私…』
「自惚れるで?」
『うん……』

喉が詰まったみたいに言葉が出ない。こみ上げるものがたくさんあって、対処しきれなくて、容量オーバーだ。でも、ただ、御堂筋くんに触れたくて、彼の首元に腕を回した。
御堂筋くんは、ボク疲労で倒れてるん分かってるん、と悪態をつきながらも抱き締め返してくれた。

『御堂筋くん、』
「ええかげん、名前で呼びぃやなまえ」
『っ……翔くん』
「それでええ」
『これ、夢やったってオチじゃないよね』
「夢にしてほしいなら、そうしてやるけど」
『え、やだやだ』

今のなし!なかったことにして!慌てて訂正すれば、喉で小さく御堂筋くん、いや、翔くんが笑って、それからもっと小さくごめんな、と呟いた。だから、私は黙って翔くんに巻き付けた腕の力をもっと強くした。

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