彼の、ふくらはぎが私は好きだ。
それだけを言うと変態っぽく聞こえるかもしれないけれど、しなやかなラインと筋肉のバランスが今まで知る中で一番私好みで。筋肉フェチではないはずなのに、触りたい、と思ってしまうほどには、魅力的な良い脚をしている。

「また巻島のこと見てるの?」
『え、見てな、』
「うそついてもダメだよ」
『……見てました』

体育の時間。放課後以外で巻島くんの脚を拝めるのはこの時間だけ。制服姿では脚のラインすらも分からなくなってしまって、もったいない。小学生じゃないんだから、制服をハーパンにしろとまでは思わないけれど、体育以外に見れないだなんて寂しい。
放課後の練習見に行けば?
女子のバレーの練習試合も見ずに、向こう側のコートの男子達に紛れてバスケ中の巻島くんを眺めていると、呆れたように言われた。

そうしたいのは山々だけど、巻島くんの部活って自転車競技部だから見に行ったって眺めるよりも先に見えなくなるのが先だと思う。まぁ、実際は巻島くん走ってないかな〜とか思いながら、よく競技部が走ってるコースから帰ってるのは、見に行ってるには入らないとして。
だからやっぱり、この時間は貴重だと思う。

そうこうしている間に、巻島くんの試合は終わってしまったみたいでコートからいつの間にかいなくなってしまった。
何の気なしに自分のふくらはぎを揉んでみるけど、帰宅部の私には筋肉などほとんどついてないし、柔らかい。巻島くんのふくらはぎなら、もっと硬くて、でも弾力があって絶妙な肌触りなのかと考えたらドキドキする。


『あ〜あ…どうやったら巻島くんの脚の筋肉触れるんだろう』
「な、に言ってんショ…」
『えっ?!えっ、』

なんで、と喉まで言葉が出るのに3秒くらいかかった。
驚いて声が出ないとはこのことなんだ、と後から思ったけど、今の私はそれどころではなかった。
なぜ、巻島くんがこんな所にいるの? 授業が終わって…着替えて、友達と教室に戻ってて……って、いないし!巻島くんしかいないし、どういうこと…。もしかして、私はめられてる?

『巻島くん、なんでここに…?』
「は?なんでって……教室帰るに決まってるっショ…」
『あ、そう…だよね、いや、私ったら何変なこと言ってんだろ!じゃ、またね!』

やだもう!なんかよく分かんないけど、私が変人になってるってことだけは確定だし、とりあえず穴があったら入りたいけど、ないからここから一刻も早く逃げたい。
もう、巻島くんには変態か変人か思われるんだろうけど、弁解の余地もないし、今は頭も働かないから逃げるしかないよね。うん、逃げる。
そう思って、できる限り早口でこの場を離れようとしたら、右の手首を掴まれた。

『え?』
「あのよ…、さっきのって」
『…さっきのって何が?』
「俺の筋肉がどうって」
『あー!あー!あー!』
「どういうことっショ…」
『いや、あの…それは……』

なんて言えば、聞こえが良いのか、それともどう言えば、勘違いだと思ってもらえるのか、一瞬でそんな事が頭を過ぎったけれど、本当にそれが一瞬だったのか、間があったのかは分からない。けど、巻島くんはいつもの下げ眉の不安そうな困った顔で、でも真剣な目で私を黙って見ていた。

『あの、……本当のこと言ったら気持ち悪いと思うんだけど…、私、巻島くんの筋肉というか、脚とか腕とかの筋肉のつき方とかがすごく好きで……筋肉フェチってわけじゃないと思うけど、巻島くんのはすごく理想というか、触ってみたいなぁ〜って思ってる、っていうのを友達がいると思って言っちゃっただけなんだ、よね……』
「……」
『き、気持ち悪いよね……仲も良くないのに、ごめん…』

終わった……。
私の淡い恋心が、こんな形で、最悪の終わりを告げるだなんて1時間前の自分は予想もしていなかったのに。告白することもないだろうし、甘酸っぱい青春の思い出となる予定だったのに……。
これ絶対、ずっと滑らないネタみたいに自転車競技部の皆に知れ渡るんだ。そうだ、そうに決まってる。もう恥ずかしすぎて死にそう。次の授業サボろう。1人になりたい。

っていうか、巻島くんはいつまで私の腕掴んでるんだろうか。いい加減離してくれないと、逃げれないし、早くしないとこの溜まり始めた涙ちょっと出そうなんだけど。だから、上見たいけど、顔見れないから俯くしかないし、もう八方塞がり。

「それってよ……そういう、ことカァ?」
『……へ?』

思わず巻島くんの顔を見れば、バチッと目が合った。反射的に目を反らそうとしたけど、それより先に巻島くんが反らした。
ちらっとだけ見えた耳が紅い。え?どういうこと?

『巻島くん、引かないの?気持ち悪くない?』
「あ……いや、べつに」
『……そうなんだ』

なんだろう、この夢展開。どうなってるの?巻島くんが照れてる? いやいや、照れてるって、そんなはず…
相変わらず離してくれない私の腕を掴む、巻島くんの手。見ると、少しだけ震えてる。

『巻島くん、手…』
「あ? あ、気づかなくて悪い」
『あ、ううん……私の方こそごめん…』
「……戻るか。予鈴鳴る」
『そ、そうだね』
「……」
『巻島くん、』
「なにっショ」
『いつか、触らせてくれる?』
「…まァ、気が向いたら」
『そっか……、ありがとう』
「インターハイ終わったら、」
『へ?』
「いや、なんでもねェ」
『うん』

多分、分かんないけど、巻島くんのイントネーションは私を期待させるには充分で。
そして、なにより、嫌われはしなかった。と、思うと頬が緩んでだらしなくなるから、気づかれないように顔を少しだけ反らして歩いた。
これを、なんて友達に報告すればいいのか、でも早く話したい。なのに、巻島くんとずっと歩いていたいから、教室なんて着かないでほしい。変な矛盾が起きてるけど、それくらい、私の心臓は激しく動いていた。

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