私は腹が立っていた。それはもう、仕返ししたいと思うくらいには。

「……ま、じかヨ」
『御愁傷様…』
「っ……!」

私の身に、思いもよらないことが起きたのは2日前の夕方のこと。
母に夕飯の材料の買い忘れを頼まれて、面倒臭いと思ったけど、夕飯を食べ損ねたくはなかったから、仕方なくパーカーを羽織って玄関でお気に入りのスニーカーを履いた。
あれ?右足がフィットしない。ちゃんと履けてないのかな、もう少し力強く右足に力を入れる。
……ん? なにか中に入ってる?石? いや、石にしては…。中を覗くために一旦足を抜くと、

『え、…ぎゃあああああああ!!!!』

靴の中にいたのは……いたのは。末恐ろしい、あの黒光りのあいつだったのだ。
と、まぁ。思い出したくない過去はあまり思い出さないことにする。それより、今重要なのはその後のことだ。
次の日、あの恐ろしい出来事を部室で皆に話したら、皆大変だったね、だったな、と真剣に話を聞いていてくれたのに、対し。
荒北だけが、私を笑ったのだ。

そして、私を笑った荒北を同じ目に合わせるべく普段は面倒臭がりで、怒るエネルギーすらもったいないと思ってしまうこの私が。
わざわざ部活帰りに、遠回りをして、アレを買ってきたのだ。
そして、今に至る。

「お、おまえ、」
『びっくりした?』
「びっくりした?じゃ、ねェーだろォ?!アァ?!」
『言っておくけどね、私なんてこれが本物だったんだよ?』

そう、今日荒北に私は同じ目に合わせてやろうと、仕込んだのだ。荒北の靴に。
もちろん、本物を入れるなんて私自身が無理だから、パーティーグッズ売り場で売っていたゴム素材のおもちゃだけど。

「おまえなァ…だからって……ビビんだろォ…」

力が抜けたのか荒北は、へなへなと部室のイスに腰落とした。なんだか、こっちが悪いことしたような気になってきて罪悪感が…いやいや、昨日あざ笑った荒北が悪い!

『私だって、すっごい怖かったしびっくりしたんだからね!同情しろとまでは言わなくても笑わなくても良かったでしょ!』
「アァ、!? わ、……悪かったヨ」
『え?!』

びっくりしたのと同時にガンッと、引いた右足にローラー台が当たった。痛い。じんわりと痛みが広がっていくのを感じるけれど、それよりももっと強い衝撃が私を襲っていた。
荒北靖友が、あの荒北が、涙目になっていたのだ。素直に謝ったのにもびっくりしたけど、さらに私を驚かしたのは、立っている私を見上げた荒北の目に、うっすらと涙が浮かんでいたからだ。
なんてこった…あの荒北が泣く?いやいや、零さない限りは泣いただなんて認めない。うっすら、うっすらじゃんか。

『あ、荒北…』
「ア?」
『涙目じゃんか』
「……うっせーヨ。 まじで苦手なんだよ」
『…苦手なくせによく私の話を笑えたね』
「うるせー」

…荒北が可愛い、だなんて。不覚にも可愛いと思うなんて。私はおかしくなったのか。
いや、でも確かに今の荒北は可愛かったのだ。
女の子の上目遣いは可愛いなんて、よく聞く話だけど、男の上目遣いも可愛いなんて、聞いたことないのに。

『ごめん、ね』
「…ァ、俺も悪かった……」

急に罪悪感に襲われて、小さな声で呟いたら、荒北もばつが悪そうに改めて謝ってくれた。
だけど、そんなことよりも、荒北相手にドキドキしてしまってる自分がおかしくて、おかしくなりそうで、訳がわからない。

『あ、荒北もあれダメとか、弱点知っちゃったね』
「ハァ?! 弱点ってオメェもだろォ! 素直に謝ってやったのに調子に乗ってんじゃねーヨ!」

バシッと、頭を叩かれた。痛みよりも音が大きくて、そんなに痛くなかったのに、痛い気がして、痛い!って反射的に声がでた。
そしたら、ざまァみろ!って笑われたから、こっちもやり返して笑えば、いつ間のかいつも通りに喋れてて、ちょっと安心した。
荒北にドキドキするなんて、そんな訳きっとない。涙目にびっくりしただけ。そうだ、そうだ。
そっと胸を撫でると、タイミングよく東堂達が部室へ現れて、そこで荒北との会話は終わった。多分、私がこのドキドキの本当の意味を知るのはもう少し後かもしれない。

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