「なまえ、充電させて」

返事をするより先に、後ろから抱きすくめられる。肩に重みがのしかかって、ようやく、いいでしょ?と聞いてくるこの男は確信犯だと思う。

『充電ってなに、充電って。隼人くんはケータイなわけ?』
「まぁ、そんなとこだな」
『なに言ってんの、もう…』
「だって、女の子の相手って疲れるんだよな。自然と猫被っちゃうね」
『それって、私の前では被ってないの?』

少しだけ声が上擦った。もしかして私は特別なのかな、って思ったら心臓の鼓動が速くなる。部室に2人だけ。昼休みのこの時間は部員もほとんど来ないし、部活のための準備をしに来る私と、隼人くんくらいしか来ない。
だけど、お互い示し合わせてここで会ってる訳でもないし、私自身委員会とか予定があって来ない日だってあるし、隼人くんもしかり。そしてそもそも付き合ったりとかもしてない。

「なまえは特別。そのまま接しても大丈夫だからね」
『それって女の子として見てないってことじゃないの?』

期待して、損した。
特別がほしいわけではなくて、私が欲しいのは特別な"女の子"というポジションなのに。
たまに、もしかして隼人くんって私のこと……、とか思うことがあるけれど、大抵理由があって、そんな訳ないよね…と落胆するっていうのを今までも何回かしていて、片思いの身としては、紛らわしくて勘弁してほしい。

「俺がなまえを女の子として扱わなかったことある?」
『いや、ないって言ったらたら無いけど、ある意味あるって言ったらある』
「まじで? ……そう思われてたのか。ちゃんと大切に扱ってるつもりでいたんだけど」
『うん。だから、雑に扱われたことはないと思うけど、それが女の子扱いなのかは微妙なとこかな。他の子たちの扱いと私の扱いちょっと違うじゃん?』

例えば、こうやって必要以上にスキンシップが多いところとか。部室に入ってきたなり私にくっついて、そのまま会話が行われている。
好かれている、と言えばそこまでだけど、一緒にいると疲れるという女の子相手にすらこんな事しないのに、逆に女として見られていないような気もする。
いや、そもそも本当に私が特別で気になる存在だったら、こんなあからさまなボディタッチしないと思うし、それをこの男に言ったところで、そんな事ないよ?っていつもの笑顔で流されて終わりなんだろう。

「他の子となまえの扱いが一緒な訳ないだろ。一緒がいいわけ?」
『一緒が良い、わけじゃないけど』
「じゃあなに?」
『対象にすら入ってないなら、優しくされなくても、対象に入ってた方がいいよ』
「……え?」

言ってしまった。言った。
いくらなんでも、隼人くんでも、気付いたかな。
後ろから抱きつかれてて良かった。隼人くんからは顔が見えないし、私も隼人くんの顔を見なくて済むから。
じわじわと自分が言ったことの恥ずかしさが込み上げてきて、顔が火照ってくるのが分かる。耳も熱い。

「……それってさ、」
『な、なに』
「自惚れちゃっていいってこと?」
『いや、ちが…っ』

肩から伸びる隼人くんの腕に力が入ったのがわかった。急に真面目な空気が流れるのが痛いほど感じて、もう後戻りできないんだなって思ったから、私も覚悟を決めることにする。
当たって砕けろ! 多分、隼人くんは私のこと何とも思ってなくても、突き放さないし、きっと痛いほど優しく振ってくれる。
だからこそ、今まで言えなかったのだけど。

『私は、優しくされたいんじゃなくて、他の女の子と同じ扱いをしてほしいんでもなくて、特別になりたい、』
「え?」
『と、思ってるけど、別に隼人くんを困らせたいとか、返事が欲しいとかそんなんじゃなくて、いや、あの…なんて言えばいいのかわかんないけど、』
「ストップ」
『へ?』
「それ以上はいいよ」
『隼人くん?』
「……なまえ、好きだよ」
『っ、!』
「……全く、急にどうしたわけ?」

急にどうしたわけ? って言いたいのは私の方だ。するりと腕を抜かして向き合って、隼人くんが、…な、なんで、急に……好き…とか…!
あわあわと、日本語にならない言葉を発してしまって、余計に慌ててしまう。そんな私を真顔で隼人くんが見るもんだから、一瞬にして顔に熱くなって。顔に火が付くっていうのはこういうことなんだって思ってしまった。

「なまえは、気がないのかと思ってた」
『そんなこと…!』
「だから、俺を好きにさせてから言おうと思ってたのに、先を越されるところだった」
『へ?』
「まぁ、いつから俺を好きだったとか野暮なことは聞かないけど、なまえが俺を好きになってたなんて、気付けなかった」
『そ、そんな……』
「ま、結果オーライだし、細かいことはいいよ。よろしくね? なまえ」
『あ、うん……え?』
「付き合うんでしょ?俺たち。両想いなんだから」

そう言って、隼人くんはお得意のあのポーズをした。
仕留めるって言うより、仕留められた後なんだけど。って思ったけど、私もそんな野暮なことは黙っておこう。

「さて、じゃあ早速」
『早速?』
「記念すべき、初めての充電させてよ」
『さっきのあれ? いつもしてるじゃんか』
「違う違う。 あれは付き合ってないバージョン。今からのは、恋人バージョン」
『え?』

私が呟くが早いか、隼人くんの手が早いか、一瞬で隼人くんの腕の中に入れられて、おでこに唇が当たった。

『な…?!』
「今日はこれくらいでいいかな」
『いいかな、じゃないよ!!まったく、…もう』

なんと、先が思いやられることか…。少しだけ、気が重たくなったような気がしたけど、それでも、気分は今までにないくらい良いから、きっとこの先には楽しいことが待ってる、と思うことにしよう。

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