「なまえちゃん、頑張ったんやね」
あれから数日経った昼休み。ようやく、小春くんに一氏くんとの一連の話をすることが出来た。
もっと早くに言わなきゃいけないと思ってたけど、一氏くんと一緒にいる小春くんに話しかける事が中々出来なくて、こんなに遅くなってしまった。一氏くんがいるって恥ずかしさもあるし、彼を差し置いて小春くんだけ連れ出すことに気が引けるのもあった。
そこまで気を遣わなくても良いのかもしれないけど、小春くんにそれを伝えれば、にっこり笑って御礼を言われた。
小春くんが御礼を言う必要はないのに、それでもそう言われることで報告が遅れたことの罪悪感が、少しだけ薄らいだ気がする。
『小春くん、これあげる』
「あら、ありがとう」
ここへ来る時に持ってきたサブバッグの中から、ペットボトルのスポーツドリンクを一つ小春くんに差し出す。中庭まで出てきたせいで、暑さで汗をかいちゃってたけど、小春くんは特に気にすることもなく、それを受け取ってキャップを開けた。
私の話なんて、とうに一氏くんから聞いてるだろうに、ちゃんと親身になって話してくれる小春くんには本当に頭が上がらなくなりそう。
『でもなんで一氏くんが私を好きになるようなことがあるのか、分かんなかったよ』
「ユウくん恥ずかしがりやさんやからなぁ」
『小春くんは、』
「"小春ちゃん"」
『え?』
「くん、やなくて、小春ちゃんって呼んでや?」
『小春ちゃん…、』
「せや!そっちの方が仲良しさんぽいやん?」
『……うん!』
学校での、小春ちゃんの評価というのは実際のところ賛否両論で、ちょっと引くわ〜って人とおもろいからなんでもええわ〜って人といる。
大抵男子は受け入れてて、女子は半々くらいやと思う。私はお世話になったことあるし、話しやすくて、下手な女子より女子な小春くん、いや小春ちゃんは憧れでもあった。
小春ちゃんみたいに社交性と積極性があれば良いのにって、転校してきた始めの頃はよく思った覚えがある。
「ん? どうしたん?」
『小春ちゃんは、小春ちゃんだなぁって思って』
「なんや、それ? どういう意味やろ?」
『小春ちゃんと仲良くなれて嬉しいってことかな』
「あらあら! 嬉しいこと言ってくれるやん〜! 私もなまえちゃんと仲良くなれて嬉しいし、楽しいで〜?」
「は? 何言うてんねん!浮気かしなすど!」
『へ?! 痛っ!』
急に後ろから、ぺしっと平手で頭頂部を叩(はた)かれた。音はしたけど、言うほど痛くはない。反射で痛いって言ってしまった。
後ろを振り向かなくても、誰かなんて分かってるけど、何故か後ろめたさがあって振り向くのが怖い。それでもおそるおそる、見やれば一氏くんが仁王立ちしていた。目付きがいつもの2割増しで悪い。睨まれたカエルというのはこういう気持ちなんだって、反らせなくなった目を見ながら思う。
「あら、ユウくん。もう委員会終わったん?」
「おん」
どうしようかと思ってたら、先に沈黙を破ってくれたのは小春ちゃんだった。後ろめたい気持ちが大きい私とは打って変わって、小春ちゃんは何でもないかのような素振り。
「って、終わったん? やないわ!」
『やっぱ怒っとる!』
「俺が委員会でおらん間に、小春連れ出して何かまとんねん!ああ?」
『めっちゃ怖いげんけど!小春ちゃん〜!』
「ユウくんそんな怒らんでもええやん」
「せやかって、教室戻ったらおらんからびっくりするやんか」
「ユウくん、それ本当に私がおらんかったら怒っとるん? いつもそれくらいや怒らんやん。そうやないんちゃうん?」
「な……! ちゃ、ちゃうで!」
急に真っ赤になった一氏くんが私達にそっぽを向いた。やっぱり私が連れ出したことが余計に腹が立つんじゃないのかな。
でもそれって、結局は私に怒ってるってことだよね……?
『一氏くんごめん…』
「は? お前なんで俺が怒っとるか分かって言うとるんか?」
『だから、私が小春ちゃん連れ出したことに怒っとるんじゃないがん?』
「それはそうや! 俺の知らんとこで小春と2人っきりやなんて! 許さへん!」
「いや、ちゃうやろ。私にヤキモチ妬いとる言い草しとるけど、なまえちゃんが、私とおるんにヤキモチ妬いたんやろ?」
『え?本当に?』
「ちゃう…!ちゃう言うてんねん!」
『痛たたたた…!』
急に両頬の肉を掴まれて、引っ張られた。なにが起きたか一瞬どころか5秒くらい分からなくて、いきなり痛みだした頬っぺたにびっくりして反射で声が出た。なんでつねられとるん私。
「別に!ヤキモチやなんて妬いてへんし!!なんで、自分らだけ名前で呼び合ってんのに俺だけ一氏なん?!とか思ってへんし!!!」
『……いひゃいよ…ひろうじくん……』
「あら、それにヤキモチ妬いてたん?」
「うるさいわ!」
『わらし、いってひゃい…』
私言ってない、って頑張って言ってみるものの両頬をつねられたままでは、発音がままならない。眉をひそめてた一氏くんの顔はやっぱり赤い。これは、自惚れていいやつなんかな。でもそれよりも早く離してほしい気持ちのが今は強い。
「ユウくん、いい加減離してあげな、なまえちゃんの頬っぺ赤くなってまうやん」
「……小春が言うならしゃーないな」
『助かった……』
「とりあえず、なまえちゃん」
『うん?』
「ユウくんもこう言っとることやし……ユウくんって呼んであげてや」
『一氏くんを……?!』
「なんや?! 嫌なら別にええ!」
「こら、ユウくん意地はらんと」
「っ…………」
「ユウくんも。なまえちゃんのこと名前で呼びたいって言わな」
「せやから…」
『あ!私は!ユウジくんって呼びたい!』
「は……?」
一氏くんの間の抜けた声と同時に、彼の手の力も緩くなった。その瞬間を逃さずに顔を引けば、するっと抜けることができた。
ぽかん、と私を見た一氏くんの顔は、見たことないくらい抜けてて思わず笑ってしまいそうになる。
『ユウジくん、って呼ぶ方が確かに仲良い感じがするし、私も呼びたい!って思うけど……だめけ?』
「いや……ダメやない…けど…」
「ユウくんったら、照れすぎやろ。こっちが恥ずかしなってくるやん。なぁ?」
『うん……』
「せやから、好きに呼べばええやん…! 俺は、小春みたいにちゃん付けとかせぇへんで! ………………なまえ、」
む、胸キュンってこういうことを言うんだろうか。本当に照れて、消え入りそうな声で私の名前を呼んだ一氏くんを可愛いだなんて思うのは、ちょっとおかしいかもしれないけれど、それ以外になんて言えばいいのか分からなかった。
最初はちょっと怖いとか思ってたのが嘘みたいだ。やばい。一氏くんてば、ツンデレすぎ。
それをこっそり小春ちゃんに言えば、「むしろデレデレツンくらいやない?」って笑ったけど。
とりあえず今日学んだことは、内緒で小春ちゃんを連れ出さないこと。一氏くんの頬っぺた抓りは、男の力でやられるもんだからちょっとヒリヒリして痛かったし、されないようにしたいなぁっていうのと。気づいてなさそうだけど、意外と至近距離で照れてしまいそうだったこと。
でも、こうして少しずつ仲良くなっていくのって楽しいな。