「なまえ」

最近ようやく聞きなれた声で名前を呼ばれた。
でも、この声の主はクラスメイトじゃないはずだから教室で呼ばれるのは珍しい。
反射的に声がした方に視線を向けると、ドアの前にユウジくんが立ってる。
この半端な休み時間に教室を訪ねてくるなんて珍しい、どころか初めてだと思う。でも、そんな事よりも他クラスの男の子がクラスへ呼びにくるというのは、こんなに恥ずかしいのだと初めて知った。
全員ではないにしろ、ちらりちらりと皆が私の方に視線を送るのが分かった。

『どうしたん? ユウジくんがわざわざ教室来るなんて』
「なまえに会いに来たらあかんのかい」
『あ、いや、あかんくないけど……!』

慌ててそう言うとユウジくんはにやりと笑う。完全にからかわれてしまった。最近ユウジくんは余裕が出てきたのか、私のほうが赤くなってばかりだ。この前まで、ユウジくんの方が照れたりしてたのにちょっと悔しい。勝負してるわけじゃないけど。

「ちょっと辞書忘れてもうたから、持ってたら貸して欲しいんや」
『辞書なら多分持ってるよ。 ちょっと待ってて』
「おん」

なんだ辞書か。確か今日は使わなかったけど、1時間目に国語あったから持って来てるはず。

やっぱりからかわれただけなんか。そんな、さすがに会いたかったから来ただなんて、少女漫画じゃあるまいしね。それに、ユウジくんってそういうの恥ずかしがりそうだもんね。小春ちゃん相手なら恥ずかし気もなくやるとは思うけど、残念ながら彼はユウジくんと同じクラスだもん。

『はい、これ。 今日はもう使わないから返すの明日でもいいよ』
「おおきに、助かったわ!」
『どういたしまして』
「ん、じゃあまたな」

教室に戻ろうとしたユウジくんに、手を振るつもりで右手を上げたのと同時に、頭に重みを感じた。私より幾分も大きい手が乗っているのだと気付くのに、一拍以上かかって、それから顔が熱くなる。私撫でられた? 認識できた頃にはふわりとその手は私の頭からいなくなった。

『ユ、ユウジくん…?!』
「顔真っ赤やで?」

真っ赤やで? じゃなくて…!って言いたかったのに上手く言葉に出来ないまま、パクパク鯉のように口しか動かなくてもどかしい。
それなのに、ユウジくんは可笑しそうに笑って教室に戻って行ってしまった。
反則だ。こんなの反則。これじゃあどっちが片思いしてるのか分かんないじゃんか。

ユウジくんがいなくなって、さっきまで気にならなかった視線が刺さるのを感じる。さっきまで無かった視線が、と言いたいところだけど多分ちらちら見られてた、みたいだ。
さっきよりもっと恥ずかしくなって、慌てて自分の机へ戻る。自分も皆の立場だったらそうなるかもだけど、やっぱりちらちら見られたりするのはちょっと嫌な感じ。

「ちょっとなまえ!」
『はいっ?』
「あんたいつの間に一氏と付き合うてんねん」
『いや、付き合ってないよ! この前言ったじゃんか』

椅子に座って一息つく間もなく、クラスメイトで1番仲良しの、うーちゃんが問い詰めるかのように私に迫ってきた。
クラスでユウジくんと私のことを知ってるのは、うーちゃんと石田くんだけだ。うーちゃんにはあった事を相談もしたし、伝えてはある。

「いやいや、明らか付き合うてるみたいな雰囲気やったやん」
『え……そうかな』
「ていうか、一氏はともかく。なまえあんた一氏の事好きになったん?」
『す、す、好きとか…!? そんなのまだ考えたことない…!』
「は? そんなん一氏可哀想やんか。あんな態度勘違いするで」
『え、え……』
「好きやないなら、好きやないってハッキリ言ってやらんと、あいつずるずるなまえに付きまとうで?」
『付きまとうなんて思ったことないもん……ユウジくんは友達やし……まだ…』
「せやから!そういうんが可哀想やて言ってんねん。一氏の気持ち考えなあかんで?」
『うーちゃん……』

よく考えなくても、うーちゃんが言ってることが正しいのは分かる。確かに、私はユウジくんくんの好意に甘えすぎてる所があるのかもしれない。
でも、私は優柔不断だしすぐに物事を決められない性格だし、ゆっくり決めたり考えたりしても良いものだと思ってた。
それは、ユウジくんにとって苦痛なんかな……。

「せやけど、うちは一氏の味方な訳やなくて、なまえの味方やから。勘違せんといてな」
『うん……ありがとう』
「……いや、勘違いしとるやろ」
『そんなことないよ。一氏くんの気持ちを考えて早く答え出さなきゃダメってことやろ?』
「違う。答えを出すんやなくて、一氏をそういう目で見たらなあかん、ってこと」
『だから、そういうことじゃ…』
「ちゃうねん! ちゃんとそういう目で見て、それでもドキドキしんくて、好きやって思わんなら、友達やからって一緒におるんやなくて、友達やと思うんやったら、ちゃんと伝えろってこと言うてんねん!」

大阪弁でまくし立てられると、慣れてないからか、怒ってなくても、相手がうーちゃんでもちょっと怖い。いや、私の理解力の足りなさに本当にちょっと怒ってしまってるのかもしれんけど、ゆっくりと言葉を噛みしめる。

私、ユウジくんと仲良くなることが答えに繋がると思ってたけど、ここ最近は仲良くなることが目的みたいになっていたかもしれない。
言われて初めて、それに気付くなんて、馬鹿すぎ。

「うちには、もう大分傾いてるように見えんねんけどな」
『そう、なのかな……』
「だって最近一氏の話多いやん」
『え!そんなことないし…!小春ちゃんの話だってしてるやろ?』
「まぁ、それはそうやねんけど。またそう言うんとは違うんやけど……まぁええわ。じっくり悩みぃや」
『それって、』

タイミング良くチャイムが鳴って、話が中断される。それを聞いて、うーちゃんは自分の席へ戻っていってしまった。

うーちゃんが言う、そういう目で見るって、頭ではなんとなく意味は分かるけど……どうしたらいいんだろう。
こんなこと小春ちゃんに相談したら笑われるんかなぁ。やばい。これじゃあ授業が頭に入ってこんわ……。


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