01


少し、落ち着いてみようか。そもそも彼は現実には存在しない人のはずだ。そう、二次元の住人なのだ、彼は。そして私は三次元の現実に住む、普通〜の女子。だから、蔵ノ介という名前の下にゆかり、という名前もあるなんて気のせいのはず、もしくは勘違いか、妄想か、……偶然のはず。そもそも、どこをどう考えたら白石蔵ノ介に会えるわけ?現実にいる訳ないんだから、ぶっ飛び発想も甚だしい。……まぁ、でも同性同名だなんて、逆にどんな人なのか気になるけど。

「うちに何か用か?」
「……え?」

聞き覚えのある甘い声。ほんの一瞬の事なのに振り向くまでの時間がスローモーションにように感じる。あぁ、なんだか心臓が痛い。

「白、石蔵ノ介……」

それは……それは、まさかの本人だった。え?なんで?なんで、いるの?一体どういうこと?頭がパニックでエラーを起こして、真っ白になる。何か、言わなければと思うのに何も出てこなくて、開いた口も塞がらない。本当に好きな芸能人を目の前にすると何も喋れない、なんてどこかで聞いたことがあったけど、それは本当だったんだ。
もう、このまま逃げてしまいたい、逃げちゃおうかな、なんて考えが頭を過ったところで、ようやく白石くんが怪訝そうな顔で私を見ていることに気付く。初対面でいきなり名前をフルネームで呟くなんて、如何にも怪しいですって言ってるようなものだもん、当たり前だ。駄目だ、駄目。ここで逃げたら怪しい人確定じゃん、これからお隣さんになるのに。

「自分誰や?」
「あ、あの!わたし今日から隣の家に引っ越して来た、みょうじなまえって言います」
「……へぇ、どうりで見たことない顔やと思うたわ。俺は白石蔵ノ介っちゅうんや、よろしくな」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
「ところで、なんで俺の名前知ってたん?」
「え、と……白石くんってテニスで有名だから?あ、わたしテニス見るの好きで!白石くん聖書って言われてるんだよね?」
「……なるほど。そないに有名になった覚えはないけど、そう言われて悪い気はせんな、おおきに」

そこでようやく私に怪しげな目を向けていた白石の顔が少し緩んで、ホッとする。どうにか変に思われずに済んだ、かな?気を付けないと普通は知らないようなことまで知ってるし、ボロがでちゃいそう。あんまり余計なこと話さないようにしなきゃ。……というか、本当に本当に、本物?夢じゃなくて?
色素の薄い髪、整った顔立ち、きりっとした表情。全てが完璧で非の打ち所がないよ。直視というか目が合わせるのが辛いくらいだよ。

「……で、自分はいくつなん?」
「中3、かな」
「そんならそないに堅苦しくせんと気軽に呼んでや。せっかくお隣さんになった訳やし仲ようしようや」
「白石って呼んで良いの?」
「それでもええけど、うちは全員白石なんやから蔵ノ介の方が分かりやすいと思うで?」
「……うそ、本当に?」
「嘘ついてどうすんねん」

こんなに簡単に下の名前で呼べるなんて、本当にトリップ夢みたいなじゃない!?トリップなんてしてないのはずなのに、何がなんだかよく分からないけど、幸せ展開だから良い!(いや、でも、これって一種のトリップなのかな?引っ越しただけのはずだけど)

「まぁ、なんか困った事あったら言ってな。お隣りさんになるわけやし」
「うん、ありがとう!しら、じゃなかった、蔵ノ介くん!」

あぁ、本物の白石蔵ノ介はこんなにかっこよくて、さらに良い人だなんて最高すぎる。見た目は知ってる通りなわけだし、性格も温和って感じで。元々大好きだったけど、これじゃあ現実でも本当に好きになってしまいそう……。ねぇ、これって本当に夢じゃないの?起きたら現実とかそんなんじゃないよね?


それから少しだけ話してから白石家の前で別れて、私も家へ戻ってきた。叔母さんは(本人の前で叔母さんって言うと怒られるけど)もちろん仕事でいないし、夜は遅くなるって連絡がきてたし、少し片付けでもしようかな。そう思って私に与えられた部屋に入ると、既に運び込まれている荷物の山にちょっとげんなりする。どこから手を付けようかとため息が出そうになったところで、見覚えのない小さな段ボールが1つ置かれていることに気付いた。気になって、開けてみると中には制服が入っていた。転校先の学校の名前なんてここへ来るまで気にもしてなかったから、確認もしてなかったけど、……これは紛うことなき四天宝寺の制服だ。白地が映えるワンピース型。これを着て、四天宝寺に通えるんだ。そう思うとじわじわと嬉しさが込み上げてきて、1人なのに笑みというかニヤニヤが抑えられない。
あ、でも……それはそうと私、学校までの道なんて知らないや。さすがにファンブックにも地図なんて載ってなかったわけだし、どうしよう!調べる?どうやって?……これは、早速迷惑かけるけどお願いして明日一緒に連れてって貰おうかな。うん、それしかない。叔母さんは明日も仕事だろうし。よし、ちょっと片付けしてから訪ねてみようかな。うわぁ……でも改めてお家行くとか緊張する!ママさんとかゆかりちゃんとか出てきたらどうしよう!?あ、でも、ママに持たせて貰った菓子折りがあるんだった。これ持ってご挨拶して、そのついでにお願いすれば良いよね?自然な流れ!私ナイス!
よし、それじゃあ必要なものだけとりあえず片付けたら行こう!


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