「で、90階まで行けたと?」
「……まぁね!だからここのホテル暮らしは今日までになるよ!」

へー、といつものように抑揚のない声で返事をしたイルミは、不服なのかつまらなそうにそれ以上何も言わない。せめてもっと何か言ってよ。それだけしか行けなかったのか、とか罵るなら罵りなさいよー!

「まぁナマエしちゃ上出来ってことにしとこうかな、念も使わないで言い通りにしたみたいだし」
「え?……まぁ、ね」

イルミが私の右手の人差し指に巻かれた念糸をほどく。200階に行くまでは念を使わずに行くようにと今朝巻かれたもの。念を使うと切れちゃうようになってるらしい。

「念か……、逆に言えば200階越えたら念使わないと厳しいんだよね?」
「ま、そうだね」
「……念かぁ……心配だなぁ」
「まぁフロアマスターになれとか言わないから大丈夫だよ」
「いや、なれとか言われても無理だし」

だよね、とイルミは小馬鹿にした顔で笑った。笑わないでよね!と言いたい所だけど、イルミの笑ったっていうのは微妙な変化しかない。だから本人に言っても否定されて終わりだろうから黙っとこう。

「しっかり形にしとかないと後がないよ」
「わかってる……!がんばる!」

ここに来てから、毎日念の修行はしてるけど私の念はまだわたあめみたいにふわふわしていて、あまり形に成っていない。
どうしたいかまでは決まってるのだから、後は練習次第なんだけどそう簡単に言っても、ねぇ……。

「筋は悪くないけど、具現化するの金属だからなぁ。もっと簡単なのにしても良かったんじゃない?」
「でも……イルミと同じ鋲が良かったんだもん」
「なにそれ、そんな可愛いこと言って襲ってくださいってこと?」
「え?なんでそうなるの?!」

いきなりじわじわとこっちに寄ってくるイルミに反射的に私も下がる。ちょっとちょっとちょっと…!なんでそういう風にすぐ捉えるのよ!

「えっち…!」
「褒め言葉?」
「ちっがーう!」

このままではやばいと思って構えようとしたけれど、それより早くイルミに腕を掴まれた。そのままぎゅっと抱きすくめられて、ちょっと苦しい。

「イ、イルミ!」
「………」

何も言わずにイルミが更に腕に力を込めた。痛い痛い痛い…!痛いってば!
もう声を出す余地もないくらいぎゅっと抱きしめられて、私は腕をばたつかせること位しか出来なくなる。

「ナマエ、」
「イル、ミ」
「ナマエに才能も何もなくて念なんか出来なければ、ずっと俺の部屋に閉じ込めて、俺だけのものにするのに」
「……それだとイルミは私なんかを好きになんてならなかったよ」

そう言ってくれるイルミはひどく甘くて、そうしたいって言ったら本当にしてくれるかもしれない。でも、そうなったらゾル家にとって私の価値はなくなるし、最初からイルミの言うようにもっと弱い念も出来ないような私なら……イルミは私を好きになんてなってなかったと思う。

「そうかなぁ。でも俺は今、ナマエを好きだからそんな事言わないでよ」

そう言ってイルミは、ようやく自分の腕から私を解放してくれた。

「私が鋲がいいのはイルミへの気持ちの証だよ、イルミは強いから武器を変えることは容易いかもしれない、でも変えないでほしいの」

ずっと鋲を武器として使ってくれる限り、私は貴方についていく。

「私がいらなくなったとき、鋲を変えて」
「……わかった」

一瞬の間を置いて頷いたイルミに、自分から言ったことなのにズキ、と胸が痛んだ。

「でも有り得ないから、そんな顔しないでよね」

そう言って、またイルミはぎゅっと私を強く抱きしめて額に、瞼に、鼻に、そして唇に。キスを落とした。

念さえも貴方資本


ALICE+