冬
第一印象は最低だった。
店中のお酒を呑みほしても尚、酒をくれと暴れるこの男のどこに良い印象を持てる点があるだろうか。ナマエは少し考えてみたが、一つとして思い付かなかった。
本当ならば一発殴ってしまいたい…、という欲求がふつふつと湧いたけれど、それを止めたのは自尊心や、良心ではなく、あまりに体格が強靭すぎて、たじろいたからである。
どう見ても2メートルはありそうな身長と、こちらのウエストよりも太そうな手足。仮に自分が男であっても、この男には張り合えないだろう。そう確信が持てるほど、今まで出会ってきた男の中でも類を見ないほど、でかく屈強な男だった。
「おい、もっと酒をだせよ」
『もうないです』
「ああ?ないだと?」
『全部お客さんが呑んじゃったんじゃないですか、あれで終わりです!もう帰ってください』
「ああ?お前、一般人のくせにいい度胸だな」
一般人のくせに、この男の言う一般人とは、一体何を指して言ってるいるのか分からなかったけど、自分が有名人か何かだと自慢したいのだとしたら、余計に腹が立つ。そんなことはどうでもいいから、早く帰ってほしい。
『他のお客さんも困ってますから』
「……誰もいねぇじゃねぇか」
誰もいなくなった店を見渡してため息が出る。誰のせいでお客さんが消えたのか問いただしたいが、それもかろうじて、なんとか飲み込むことができた。
なにが悲しくてこの男と2人きりで、酒を交わさなくてはいけないのだろうか。それでも強く言えないのは私自身、逆上されれば何をされるか分からないから。
「お前、名前はなんていうんだ?」
『人の名前を聞くときは、自分から名乗るべきじゃないですか?』
極力、苛立ちは抑えたつもりだけど、それでも隠しきれない無愛想さが残った。本来、ナマエは愛想が良い方ではなかったけれど、それでも無愛想だと言われる程でもなかったはずだった。今日はオーナーがいない日で良かった。オーナーがいれば、こんな接客なにかしら悪態をつかれるに決まっている。
でも…逆を言えば、こんな客、相手にはしなくてもいい! と言ってくれたかもしれない。……いや、いない人のことを今とやかく言っても無駄だ。今、どうにかしなくてはいけない。
恐る恐る男に目線を合わせると、相手も自分をジッと見ていたらしく、バチッと目が合った。でも、特に何の感情も浮かべられていない。怒ってない……? 真顔でこちらを見つめたまま、動かない。
「確かにそうだな!人に名前を聞くなんざ、生まれて初めてなもんでよ!俺はウボォーギンだ!」
今度はナマエが、豆鉄砲くらったハトのように固まってしまった。急に耳を塞ぎたくなるような大声で下品に笑ったこの男、ウボォーギンは楽しそうに、人の名前を知りたいと思ったなんて初めてなもんでな、悪い、と全く悪びれずに言った。
一体、この男は何を考えているんだろうか。想像したくもないが、想像できない。
そこでようやく急かされて、ナマエは自分の名前を名乗った。全くもって、名乗りたくはなかったけれど。
「ナマエ!気に入ったぞ!」
ガハハ、と下品に笑うこの男に気に入られても、嬉しくなんてないどころか憂鬱になりそうだったが、この場だけ、この場だけ、とナマエは自分を言い聞かせて、お礼を言った。酷く顔を引きつらせた笑顔で。