春
第一印象が最悪というのは、それ以上印象が悪くなるという事がない分、ある意味で良いのかもしれないと、最近思う。冬の終わりに出会った、史上最悪の巨人男……改め、ウボォーギンは、それによく当てはまった。
以前働いていた居酒屋にウボォーギンが初めて訪れたのは、つい最近の事のように思えたが、あの店を逃げるように辞めてからもう二ヶ月は経ってる。気に入った、と言われた言葉が怖くて早急に店を辞めたのにも関わらず、あの男は今でも頻繁にナマエの前へ現れる。
店さえ辞めればもう会うことはないだろうと、高を括っていた自分を笑ってやりたいくらい、ウボォーギンはいとも簡単にナマエの居場所に現れるのだ。いい迷惑、そう思っていたはずだった。なのに、認めたくないのに、最近はそれが嫌ではないことを薄々感じている。
そこまで思い出して、ナマエはため息をついた。あんなに嫌がっていたウボォーギンなのに、ここ最近は会えることを楽しみにしてしまっている自分がいる。私は……あの男のことが好き、なんだろうか。いや、でも、そんなはずは。どう考えたって好きになる要素なんてないのに、考えたって一つとして出てこないのに。
でも、ただ言えるのは、最悪だと思っていた男は意外と優しい人だったということ。
「ところでよ、いつになったら俺の女になるんだ?」
『なんでならなきゃいけないの?』
「なんでって、…俺はいい男だろ?惚れない方がおかしいってもんだ」
『はぁ』
本当に呆れるくらい自信過剰だ。でも、これは一種の長所みたいなもので、この男はきっと、自信をプレッシャーに…いや、プレッシャーを自信に変えてしまえるに違いない。それが私にも出来て、容易いことならば、なんの魅力も感じないのかもしれないが、出来ないことだからこそ、私はそれに少なからず魅力を抱いている。単純明快な筋肉バカそうな風貌とは打って変わって、意外と気を遣ってくれるところも良い。
「かっこよくて、強い上に、優しい!非の打ち所がないだろうよ!何が不満なんだ?」
『何って…………まず、』
「まず?」
『ときめきがない』
「ときめき? ときめき……か」
急に聞かれて苦し紛れに答えたが、実際のところ、ときめきなんて感じてしまったら本当に、これを恋と認めざるを得なくなってしまう。私はウボォーギンなんて好きじゃないし、迷惑だと思っている…そう自分にどうにか言い聞かせることも出来なくなる。
珍しく本当に真剣な表情で考え込むウボォーギンを横目に、目の前に置かれたグラスの中身を一気に飲み干す。
新しい店もすぐにバレてしまってから、ナマエは逃げることも隠れることも諦めた。本能が無駄だとシグナルを出したし、元々面倒ごとはあまり好きではない上、逃げるのが面倒だと思ってしまったからだ。
しかも、この店は前の店より融通もきくし、楽だ。仕事さえ上がればお客と飲もうが、1人で飲もうが、自由にしていいし、オーナーも楽天家でやりやすい。
ちょっと、酔いが回ってきたかな…頭が急に重たくなってきた。自分の頬に触れてみれば、熱を持っている。一気飲みなんてするもんじゃなかった。いつもならこんな事ないのに、程よく飲めるのに、今日はこの男がいるからなのだろうか。
「ナマエ」
『なによ』
不意に呼ばれて振り向けば、目線を合わせるよりも先に頭を引き寄せられた。突然のことで、自分がどんな体勢になっているかも分からない内に、目の前にウボォーギンの顔がドアップで視界に入った。急に動かされたせいで余計にぼーっとする頭で、なに、と聞こうとするのよりも早く手を掴まれ、そのままキスされた。
『…………は?』
軽く触れるだけだったウボォーギンの唇が離れて、ようやく自分の状況が把握できてきた。じわじわと急激に込み上がってくる感情が、唇を震わせ始めて、上手く言葉を紡げない。なにすんの、って一発はたいてやりたいのに、こいつの腕力と私の腕力では月とスッポンどころか、月とミジンコだ。
ようやく、言葉が出せそうな気がして口を開こうとした瞬間に、見計らったかのように……いや、見計らっていたのか、また唇を合わせられた。
今度は触れるだけとは違い、深いものだった。
為す術もなく、出来るのはキス越しに睨むくらいだったが、目が合ったこの男は動じることもなく、勝ち誇ったような顔で笑った。
ときめきなんて、可愛らしいものなんてないけれど、この心臓の激しい動悸はウボォーギンにバレてしまっているのかもしれない。