夏
いつの間にか、半同棲のような生活を送るようになってから早数ヶ月。ウボォーギンの生活サイクルは不規則で、何時に帰ってくるのか、むしろいつ帰ってくるのかすら曖昧だったが、それでもナマエの性格のおかげか、喧嘩になったことは今のところなかった。
それどころか、あのウボォーギンに心配だからという理由で携帯電話を持たせ、身体に悪いからと、三食規則正しく食事を取らせるようになった。
しかし、それを知った幻影旅団のメンバーはナマエの存在を知らないため、あのウボォーギンが、と驚き、何かの病気じゃないか執拗に騒いだために、ウボォーギンがホーム内で暴れたことがあることをナマエは知らない。
「今日も暑いな…」
「暑いからってビールばっかり飲んでたらダメだよウボォー」
「お前は俺の女かよ」
外は真夏らしい強い陽射しが、コンクリートを照らして、多少の空調が利いたくらいのホームでは、それを見るだけでも暑くなってくるような気がする。
パソコンに向かうシャルナークの後ろで、暑さに負けてビールを2缶ほど空けたところでシャルナークの口が開いた。
その口ぶりはまるでナマエのようで、急に会いたくなっちまったな、とウボォーギンは思ったが口にはせず、悪態をついた。
「今日の昼は冷たいもんでも食いにいくか…シャルナークも行くか?」
「う〜ん、そうだね…もうすぐ終わるしあと10分待って」
「…おう」
自分から言ったくせに、生返事で答えたウボォーギンに不思議に思ったシャルナークが、パソコンを背に振り向けば、慣れない携帯を操作している大男がいた。思わず吹き出しそうになったのを、なんとか堪えて肩を震わせながら、なんとかパソコンに向き合った。
身体と携帯のサイズが合ってないし、人差し指だけで操作してる所も可笑しくってしょうがない。でも笑っていることがバレたらど突かれるだろうから、静かに堪えるしかなれど、呼吸が苦しい。
……それにしても。ウボォーギンは最近変わった。本人は言わないし、団員のみんなも突っ込んで聞いたりしないけど、女だろうか。あのウボォーギンが。だけど、あの綻んだ顔は大暴れしている時並みで、あんなに頬を緩ませていることなんて自分は気付いていないんだろう。少しだけ落ち着いたシャルナークはもう一度、ウボォーギンをちらりと覗いて、そう思った。
「おかえり」
ウボォーギンが夕方家を訪れると、香ばしい香りがナマエのいるキッチンに漂っていた。今日はカレーか。
ナマエの作るカレーは外で食べるカレーよりも、今まで食べてきたどのカレーよりも、一番美味い。というより、ナマエが作る食べ物は何だって一番美味い。
今までは、食べ物の味や種類なんてどうでもよく、大して変わらないと思って生きてきたが、最近は食べ物の嗜好というものが出てくるようになった。生きてきた環境が環境だから、嫌いな物は相変わらず無いが、これは好きだとか、これは好きじゃない位の好みが自分で分かるようになったことは、大した成長だと自分でも思う。
「これは、うまいな」
『まだ食べてないのに?』
「食わなくてもわかる」
『また、適当なこと言って…』
呆れたように、でも嬉しそうに笑うナマエの顔を見るのは何回目だろうか。ナマエは絶世の美女というわけでもないのに、その顔を見る度にこの世の誰より愛しいと思う。
自分が恋だの愛だの、そんな言葉を使う時が来るとは思っていなかったのに、仲間がいて、暴れて、酒を飲んで、それが幸せだと思っていたずなのによ、俺はどうしちまったんだろうか。
夕飯の準備をしているナマエが気付いていない内に、こっそり冷蔵庫から出した缶ビールを開けて、少しだけ感傷に浸る。
『また勝手にビール飲んで…』
キッチンから湯気の立ったカレー皿を二つ持って現れたナマエの視界にビール缶が入った。全く、相変わらずの酒豪はどんなに言っても直らないし、本人も直す気がないんだからしょうがない。
『サラダのドレッシングは? 和風とシーザーかあとマヨネーズもあるけど』
「ナマエと同じでいいぜ」
いただきますも言わず、ナマエが座ることも待たず、自分の目の前に皿が置かれれば、あらかじめ置かれていたスプーンで食事を始める。
ぱたぱたとドレッシングを取りに行ったナマエが戻ってくると、おかわり、と一言だけお皿に添えて差し出した。
その光景も初めてではないし、むしろいつもの事で、ナマエも全く動じず軽い返事でドレッシングを置いて、今度は空っぽの汚れた皿を持ってキッチンへ消える。
来週か。ウボォーギンが、持っていたスプーンをフォークに持ち替えた。
来週、ヨークシンに仲間が集まる。暇な奴だけで良いという話だったのに、つい数日前に珍しく全員の招集に訂正された。元々、行くつもりだったが、久しぶりに全員が集まるというのは、一体どんな楽しい事が待っているのか。考えるだけで、胸が躍りそうだ。
ただ、いつもはホームを拠点にしているから、ナマエの家もそこから走ればそう遠くなく、行動がしやすかったんだが、ヨークシンとなると……ちょっと遠いな。
ナマエと出会ってから、いや、ナマエを自分のものにしてから、3日以上間を開けたことはなかった。多分、今回の仕事はそれ以上かかるだろう。コルトピがアジトになる場所をそれまでに作っておく、とシャルナークが言っていたはずだ。それは、ある程度時間を費やすことを意味している。
……全く。
本気ってのは、身を滅ぼすよ。と、いつだったかシャルナークが言っていたのは、こういう事だったのか。身を滅ぼす気はないが、俺には弱点が出来ちまったみたいだ。