01
あ、鳴ってしまった。出来るだけ最小限にになれと腹部に力を込めたけど、それは叶わず豪快にお腹の虫が鳴いた。授業中に鳴るのは恥ずかしいけれど、救いはそこそこざわついた空気だったこと。この感じなら突っ込まれることもないだろうと、ホッと一息吐きながら腹部の力を抜いたところで目の前にスティック状の袋が差し出された。

「これ、好きだろ?」

差し出す腕を辿るように視線を横にずらせば、空いてる方の腕を頬杖にしてにこやかに笑う新開がウインクした。あの例のポーズではないのに、あっさりと私の心臓は仕留めらて脈拍数は急上昇していく。でも、それに気づかないふりをして、袋を受け取ったところでチャイムが鳴る。終わったと、急に騒がしくなるのを耳で感じながら袋の切れ目に指を添えたところで、受け取ったそれがお気に入りの大豆バーの新商品なことに気付いた。

「これ、CMやってるやつだ」
「コンビニで見つけたから、つい買っちまったよ」

新開の言うところの、ついというのは全くそれではないことを知ってるから、嬉しくなってしまう。顔がにやけそうになるのを、大豆バーを咥えることで誤魔化した。もぐもぐと咀嚼してると、隣の新開もパワーバーを出して食べ始める。……そう、新開は大豆バーなんてほとんど食べない。そもそも彼にヘルシー食品なんて必要はない。だから彼の言う、つい、は端から私にくれるつもりで買ったと、ほぼ同意義。それ程度の自惚れが確信を持って言えるくらいには、友達以上の近しさが私たちには築かれている、と思う。

「新開って優しすぎて心配になるなぁ」
「何をどう心配してくれてるんだ?」
「こういう優しさ振りまいて、勘違い女子からいつか刺されないかな、って」
「……刺されるって、はは!なまえは面白いこと考えるんだな」
「だってそうじゃない?」

甘やかすの上手すぎだもん、と最後の一口を放り込んで机に零れたカスを人差し指で拾う。ん、これも美味しいけどやっぱり暫定1位はチョコバナナで、甘く採点しても……、と思案し始めたところで、心の声と似たような台詞を被せられる。

「やっぱりチョコバナナの方が美味いなぁ、って顔してるな」
「え、なんでわかるの?美味しいけど4番目くらいかな、って思ってたけど」
「強いて言うなら顔に出てた」

そう言ってくすりと笑われる。そんなに分かりやすい顔してたかな、と呟けば「俺だから分かるんだよ」なんてキザな台詞が飛んできて、不覚にも本日2度目の銃弾が心臓に打ち込まれた。
ほらね、そういうのも女の子は弱いんだよ。新開みたいな顔で、そんな風に言われたら勘違いしない子の方が希少だってこと、分かってるのか分かってないのか、飄々と悟らせないあたりもツボを突いてるんだから。

「少なくともさ、なまえには勘違いされて困るようなことはしてないつもりだぜ」

話題がすり替わったと思ったのに不意を突かれて、面食らう。すぐには反応出来なくて、ふざけたような口調を装って笑えたのは、数秒経ってからだった。
核心には触れるのは容易いことで、たった数秒で終わるかもしれない。だけど、それが出来ないのは私が弱いのと、今の現状が心地いいから。傍から見ればW仲の良い友達Wポジションは、ライバルの多い新開相手には都合が良くて傷付かない。

「明日は、ショートブレッド食べたいな」
「別に構わないけど、この前カロリーおばけだ、って言ってなかったか?」
「うん、でもたまに食べたくなるじゃん?」
「そういうもんか」
「そういうもん」

だから、この甘くて優しい関係に私は浸ったまま。私も新開も核心には触れず、この心地良い関係を続けてしまう。それを新開が許してくれる限り。明日も明後日も。

(新開さんに餌付けされたい。)

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