02
失敗した。そう思った時には既に手遅れだった。どこを見渡しても、相席する余裕なんてないくらい綺麗に席が埋まってしまっている。なんで今日に限って、席を確保しないで並んでしまったのか、なんて後悔したってトレーに乗ったA定食を戻すことは出来ない。1人だから、大丈夫なんて安易に思ったのが敗因だなぁ、なんてキョロキョロするのも諦めかけた時、名前を呼ばれる。

「なまえ、こっちだ」

顔を確認しなくても、誰かなんてすぐに分かった。それに、こんな時にいつも助けてくれるのも1人しか思い付かなくて、確認もせずにその声がした方向に身体を向けた。

「……席空いてないじゃん」
「あぁ、今日はすごい混んでるな」
「じゃあ、なんで呼んだの」

期待したのに……と、あからさまに肩を落とす私を見て、新開の隣に座ってラーメンを啜っていた荒北が笑った。立ち食いでもすればァ?ってテーブルのスペースだけ空けてきて、すごい意地悪。冗談半分なのはイントネーションで分かるけれど、ちょっとイラっとしたから動揺なんてしてあげない、そう思って乱暴にトレーを荒北の空けたスペース置く。しっかりした身体つきの荒北と新開の間ならしゃがんでしまえば、言うほど目立たないし、食堂の端で立ち食いするより惨めな思いはしなくて良いはず。そう思ってしゃがもうと膝の力を抜いたところで、腰を強い力で引っ張られた。

「おめさんは、ここに座ればいいさ」
「……ちょ、ちょ、」
「うっわ、新開テメェ気色悪ぃことしてんじゃねぇヨ!」
「ちょっと!……やめてよ」

腰を急に引かれて、バランスを崩した私はそのまま新開の膝にお尻を落としてしまった。それを見た荒北が私より驚いたみたいに、大きな声を出した。それが予想以上に通った声で、ざわついてるとは言えさすがに数人がちらりとこちらのテーブルに視線を向けた。私だって反論したかったのに、悪目立ちしかけてることが気になって、文句も、膝から退くタイミングも逃してしまった。

「さすがに、やりすぎか」

どうしよう、と考えながら耳が熱くなり始めたところで、耳元で囁くように呟かれてゾクッと鳥肌が立つ、今の、どういう意味?と問う前にまた新開の腕が腰に回って、そっと身体をずらされた。

「ここならいいだろ、半分ずつ」
「……え、うん。ありがと」

すとん、と落とされたのは新開が座っていた椅子。の、半分。椅子へ視線を落とすと面積は確かに半分くらい譲ってくれているけど、新開の身体は半分も収まっていない。空気椅子なんかに比べれば幾分も楽だろうけど、普通に座るよりかは足に負荷がかかるだろうに、涼しい顔で新開はウインクした。
ほら、と促されてしょうがなくお箸を手に取る。1つの椅子に2人座るから、お互い少しだけ外向きになって背中がくっつく。シャツ越しに新開の体温が伝わってきて、大好物の唐揚げを口に含んでも味を感じないくらいにドキドキする。背中越しに心臓の速さがバレないだろうかと心配になって、誤魔化すようにいつもより饒舌に喋るように努める。

「俺もA定食にすれば良かったな」
「唐揚げ、食べる?」
「いいのか」
「うん、いいよ」

もう残り少ないカレーライスを食べる新開が、物欲しそうに私のお皿を見つめた。新開がこんな風に私の食べ物欲しがるのは珍しい。だから、1番大きい唐揚げを持ち上げて、カレー皿に放り込む。ドキドキしすぎて味わかんないし、って思ってそれからもう1つお皿に入れてようとしたところで箸が摘まれた。新開の唇に。少し屈むような姿勢で、私の持つ箸を咥える姿を捉えてようやく状況を把握する。それと同時に驚きで思わず立ち上がりそうになったのを止められた。数センチだけ浮いたお尻はがっちりと腰をホールドされてそれ以上上がることを許されない。

「急に立つと危ないだろ、俺に箸刺す気か?」
「ご、ごめん」

大人しく座って食べなさいと、まるで私が悪いみたいに窘められて、反論する気力も湧かなくて頷くと、回された腕はすんなりと離れる。そしてまた、背中がくっついた。

(新開さんと1つの椅子に半分すつ座りたい)

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