04
「朝から5回目だな」

今日何度目か分からない溜め息が漏れたところで、的確な数字を横から告げられる。本人ですら何回目か分からないでいたのに、よく数えてたね、とそれに対しての呆れた溜め息が出そうになって慌てて口を噤む。そんなことしたら6回目だ、なんて突っ込まれてしまうに決まってる。

「で、何をそんなに嘆いてるんだ?」
「あー……、うん」

言おうか言わまいか迷って、考えながら言葉を濁すと、新開が不思議そうな顔をした。あぁ、そんなもったいぶって話すような内容なんかじゃないのに、もったいぶってしまった。そんな事か、と言われるような内容の事だからこそ、答えるのが憚れるなぁ、と思っただけなのにこれじゃあ言いにくい。何かそれらしい悩みでも捻り出した方がいいかな、なんて考えてる間に、悩みがあるという空気が出来上がってしまって、余計に後悔。

「あのさ、……笑わない?」
「笑わないさ」
「もったいぶってるわけじゃなくてね」
「あぁ、」
「くだらなさすぎて、言いにくいんだけなんだけど」
「それで?」
「……寝癖が直らなくって、鬱なの」
「…………あぁ」

重苦しい空気の沈黙が数秒流れて、それから新開が納得したように頷いた。え、なにその顔?なるほどね、みたいな反応。笑わないでと言ったものの、そんなことかと、クスリとくらいは笑われる覚悟で言ったのに。けっして笑われたいわけではないけど、なんだか反応に困ってしまう。

「どおりで、」
「え?なに?」
「溜め息以上に、今日はよく髪触るなって思ってたんだ」

右側の髪だろ?と、最初から知ってましたって顔して言われて、余計になんて言えばいいのか分からなくなる。隣の席の新開が右側にいるからこそ、なんでよりにもよって右側の癖が直らないのって憂鬱だったのに、気づかれてただなんて格好悪い。私だって新開に少しでも可愛いって思われたいとか、寝癖みっともないって思われたくないとか、そういう気持ち人並みにあるのに。それに、気付いてたなら、こっちから言う前に突っ込んでくれたって良いのにって思うのは理不尽だって分かってるけど、恋する乙女はそういうもんなんだからしょうがない。

「髪でそこまで一喜一憂できるなんて、女子はすごいな」
「新開には女の子の雨の湿気で髪がうねるのが嫌とか、そういう気持ちなんて分からないんだろうね」
「それ、よく聞くけど雨だからって髪型崩れてる奴って実際いるか?俺は見たことないな」
「繊細な女子の杞憂には気づいてないって言ってるのと同じだよ、それ」
「そんなに気になるか?」
「……うん」

たかが、ってのは分かってるんだけど、頭でそう思うのと、気持ちとは別問題で、どうしようもない。……新開もさすがに面倒くさい奴だなって思うかな、って考えると余計に気分が沈んでいく。

「なら、こうしたらどうだ?」

え?と、疑問を投げかけるのと同時に半分腰を浮かした新開が視界に映る。その体勢のまま椅子と一緒に一歩踏み出して、人ひとり通れるように開いていた2人の距離がなくなる。そのまま問いかけすら発する余裕も与えられず、両手でガシッと頭を掴まれて。包み込む様に触れられて、何をされるとも分からないのに、距離の近さと触れてる手のひらから感じる体温とに胸が高鳴っていく。
そして、にんまり、形の良い新開の唇が弧を描いた。

「な、なに?」

なにをされるのか怖くなってきて、生唾を飲み込んだ瞬間。勢い良く新開の両手が私の頭を撫でだした。女子とは違う男子の力でわしゃわしゃと激しくされれば、鏡を見なくても、触らなくても、寝癖どころじゃなく髪が大層なことになってる事が容易に想像できる。びっくりしすぎて抵抗もせず、されるがままになっていたら、少しして手が止まった。

「なまえ?やりすぎたか?」

何も言わない私を不思議に思ったのか、心配そうな表情で顔を覗き込まれた。じろじろと近距離で顔を見つめられて、しかも手は頭に添えられたままなんて、何か答えられるような状況なんかじゃない。今なら恥ずかしさで顔から火が出せそう。いや、比喩で良いなら顔から火が出たと言っていいくらいボッ、と顔全体に熱を持ったのを感じた。

「おいおい、大丈夫か?熱でもあるんじゃないのか?」

真っ赤になった私を見て新開は、こともあろうに、あろうに……、おでこ……

「っっ!」

びっくりして、思わず立ち上がりそうになったけれど、両手で掴まれたままの頭とくっついたおでこの三点ホールドで、それは叶わなかった。ただ、新開の手の中でさらに真っ赤になることしか出来ず、動けば触れてしまいそうな唇との距離に固まるだけだった。

「結構熱いな、本当に体調悪いんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だから!」
「そうか?体調悪いんなら早めに言えよな」
「わかったってば!」
「……寝癖、気にならなくなっただろ?」
「……心臓に悪すぎ」

少しだけ取り戻した冷静さで、いつものように悪態をつけば、してやったり顔で新開は離れていった。寝癖で落ち込んでたことを言われて思い出すあたり、新開の思惑にまんまと引っ掛かってしまった。でも、そっと手で髪に触れてみれば想像通りの荒れ具合いに溜め息が出そうになる。それを見た新開は百面相だな、なんて椅子を戻しながら笑うけど、全然笑いごとじゃない。髪はまだしも、おでこコツンとか……絶対狙ってやってる。

「ねえ、やっぱり腑に落ちなくてムカつくから私も新開の頭やって良い?」

そう言ったら、もっと可笑しそうに笑って良いぜ?って言うから、悔しくて私の倍くらいボサボサの髪に仕上げてあげた。こんなじゃれ合いも楽しいと、嬉しいと思ってることなんて悔しいから内緒。

(新開さんに頭くしゃくしゃされて、おでことおでこくっつけられたい)

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