05
口いっぱいに、アップルパイの優しい甘みが広がった。サクサクした生地と、シナモンのきいたりんごのコンポートが絶妙にマッチしてる。美味しい、と口角が勝手に上がっていく。

「アップルパイにして正解!」
「良かったな」

私の様子を見て笑いながら新開は、可愛くお皿に盛られたチョコバナナクレープにフォークを刺した。4人席に2人で向き合って座るのは、いつも教室では横だから変な感じがする。そもそも、放課後に一緒にどこかへ寄るのも、成り行きとは言え初めてだ。

「それにしても、なまえがいて本当良かったぜ」
「私はビックリしたよ、いきなり腕引っ張られるんだもん」
「それは悪かった」
「まぁ、おかげで私は美味しいものにありつけてるから結果オーライだけどね」

さらに、奢りだったらさらに美味しく感じるんだろうなぁ、なんてわざとらしくミルクティーのカップに口を付けてからにんまり笑ってみる。そうしたら、「もちろん、今日は奢らせていただきます」なんて畏まった感じで新開が言うもんだから、可笑しい。

「ところで、実際は何しに駅前まで来てたの?」
「……あぁ、まぁ。パシりみたいなもんかな」
「ふぅん」
「なまえは?」
「私は友達と買い物して帰ろうとしてたところ」

彼氏持ちの友達の下着を選ぶのに付き合わされて、私まで可愛くて買ってしまったなんて言えないし、バレたくてなくてショップ名が書かれた可愛い紙袋を後ろ手でそっと隠す。新開がお店の名前で下着屋さんって分かるかは定かではないけど、念のため、ね。

「なるほどな、それでタイミングよく居たのか」
「うん、そうそう」
「部活後っての分かってるからか、いつもより押しが強くてな。助かったぜ」

無視はしないけど、過剰には対応せずにスルーすることで飄々とファンクラブをかわしてるイメージだったけど、お決まりの部活だからごめん、が使えないとなると案外弱いらしい。スルースキルが高いとは言え、さすがに女の子達を蔑ろには出来ない優しさなのかもしれない。それでも、付き合わされるのは極限避けたいらしく、偶然タイミングよく居合わせた……というか通りかかった私を引っ捕らえて、待ち合わせしてただなんてハッタリかますんだから、本来私はいい迷惑。惚れた弱みで付き合わされても苦じゃないどころか、美味しいところ取りしてるから文句なんて言えないけれど。

「ねぇ、チョコソース付いてるよ。……そっちじゃなくて右」

一口がそれだけ豪快だったら、そりゃ付いちゃうよってくらい大きい一切れを口に入れるんだから、案の定。子供みたいなのに、口にたくさん頬張る姿がなんだか可愛くてしょうがない。……アップルパイにして良かったってさっき言ったのは本当だけど、最後まで悩んでたチョコバナナクレープだからこそ余計に美味しそうに見えてしまう。隣の芝生は青く見えるとはこのこと。

「ん、」

私、そんなに物欲しそうな顔をしてた?もしくは今の口に出てた?って聞きそうになるくらい絶妙なタイミングで上手にバナナと生地とクリームが刺さったフォークが目の前に差し出された。しかも、さっきの一口はなんだったのってくらい普通の一口サイズ。

「これも、食べたかったんだろ?」
「え?なんで?」
「メニューと睨み合いしてたからな」

しっかりバレてる。……ここで言い訳してもしょうがない事はとりあえず分かったから、大人しく好意に甘んじようと差し出されたフォークを受け取ろうと、手を伸ばしたら、触れる前にその手は引っ込んだ。なんで?と視線を顔に移せば、楽しそうに笑って、はい、と口の前に差し出された。

「いやいや、恥ずかしいし無理!カップルじゃないんだから」
「間接キスくらい何回かしてるだろ」
「ち、ちが、そういう意味じゃなくて、いや、間接キスって言い方もどうかと思うけど、」

いわゆるアーン、なんて出来るか!と押し問答に入りかけて、はっとする。これ、端から見たら、バカップルみたいじゃない?と。……これは、大人しくパパッと食べちゃった方が賢い。そう結論が出たところで、新開の手首をガシッと掴んでフォークに刺さったそれを口に含んだ。新開は一瞬驚いたような顔をしたけど、本当にそれは一瞬で、すぐに満足そうに頷いた。よしよし、いい子だ、なんて私は子供か、さっきの新開の方がまるで子供だったくせに!と思ったけれど、あまりの痴話喧嘩っぽさにびっくりしてクレープと一緒に飲み込んだ。



「ねえ、私も払うよ」

帰ろうとなって、レジへ向かいながらお財布を取り出す。私はバイトもしてるから、寮生活の人に払わせるつもりなんて最初からないし、さっきの冗談だからね?って言ってるのに、新開はお金を出させてくれようとしない。

「ちょっと新開?」
「今日のはお礼なんだから、素直に奢られてくれ」

有無を言わさず会計してしまった新開の後を追ってお店を出ると、本当に要らないからって念押しされる。こんなことなら、アップルパイにバニラアイス添えなんてオプション付けたり、そっちの方がお得だからってポットティーになんかしなかったのに。逆にこっちが申し訳なくなってしまうから、せめて紅茶代だけでも受け取ってよ、って無理矢理目を合わせると、新開は少し考えるように黙ってからようやく分かった、って頷いてくれた。

「じゃあ、お金じゃなくてその中身で払ってくれるか?」
「中身って……え?」
「それ駅ビルの1階に入ってる店だろ?」
「……変態!」

私の持ってる紙袋を指してにんまり笑われて、カァ……と頬が熱くなる。さりげなくスクールバッグと重ねて持ってあんまり見えないようにしてたつもりなのに。……目敏いというか、初めから気付いてたに違いない。分かってても、女の子の下着で払えなんてセクハラ発言が酷過ぎる。最初に湧いた恥ずかしさが沸々と怒りに変わって、そのまま勢いで帰ってしまった。

……でも、そのせいで結局奢らせてしまったと、冷静になってから気付いて、ようやく新開がわざとやったことにも気付いた。それがなんだか悔しくて、荒技すぎるでしょ!バカ!ってメッセージを入れたら、”素直に奢られないからだろ、アホ!”って返ってきたから、じゃあ今度はお前も奢られろよ、おたんこなす!ってさらに返信したら、今度は”受けて立つぜ、コノヤロー”って返ってきて、思わず笑ってしまった。全く、新開には叶わない。……絶対に今度は私が奢ってやるんだから覚悟しといてよね、ばか新開。

(新開さんにアーンってされたり、さらっと奢られたい)

ALICE+