06
早く予鈴が鳴ってくれないかと願ってから、どのくらいの時間が経っただろうか。体感的にはもう数十分くらい経ってるような気がしてるけど、時計の長針は5分も進んでないことに溜め息が漏れそうになる。

「新開くん、これ良かったら食べて〜?」
「これ、上手に出来たから自信あるんだぁ」

すぐ傍で甘ったるい声が飛び交う。本来なら、新開を女子が取り囲んで話してるはずで、新開の隣の席とはいえ、私はその輪に入ることもなければ、必要もないはず。なのに何故か、私まで輪に入れられてしまってるから不思議な状態。それでも、それは申し訳程度で、多分私をも巻き込んで話すことで、新開を逃げにくくする防衛線なんだと思う。ちらりと新開へ視線を送れば、それに気づいた新開も困ったなって視線を返してくれた。

「ねぇ、どうかな?新開くんの好みに合うかな……?」
「あぁ、美味い。ありがとう」
「良かったぁ!」

差し入れだと渡された焼き菓子を食べた新開は、一口食べて余所行きの顔で笑う。自信があると言っただけの事はあって、確かに美味しそう。まぁ、私にそれが回ってくるわけはないし、さっき彼女が発したフレーバーは私の苦手なものだったから、食べろと言われても困るんだけど。

「本当、この子の作るお菓子って美味しいんだよね」
「そうそう、本当なんでも美味しいんだよ〜!」
「……みょうじさんも、どう?」
「あ、うん!良かったらみょうじさんも食べて食べて!」

げ。なんてこった。要らないから好都合と思ったところでお声が掛かるなんて。私の好みなど知る由もない彼女たちはニコニコと笑みを浮かべて私の反応を窺う。どうしよう。これは、どうにか食べて乗り切るしかないのかもしれない。口に出来ないほど食べれない訳ではないし、とりあえず一口食べて「美味しい!」なんて言えば、私への注目というか、役目は一瞬で終わるだろう。そう思って、意を決して可愛いペーパーナプキンが敷かれた容器から1つ戴こうと手を伸ばす。……けれど、それを口に入れることは叶わなかった。

「……え?」

私が1つ手に取った焼き菓子は、私の口に触れることなく新開の口に飲み込まれた。手首を掴まれて、そのまま口に運ばれてしまったから。びっくりしすぎて声にならなかったけど、それは彼女たちも一緒で、同じく無言で新開の動作に目を奪われているようだった。

「これ、本当に美味いな、もっと貰っていいか?」

数秒、唖然とした表情をしていたけれど、ハッとしたようにもちろん!と慌ててそれを作った女の子が容器ごと新開の目の前に差し出した。気に入ってくれて嬉しいと、綻んだ笑顔がそれを物語っている。それを、ありがとうと笑って、また1つ手に取って口に運ぶ新開の横顔を私は見つめるしか出来なかった。



「ねぇ新開、なんで……」

ようやく予鈴が鳴って、彼女たちが去っていった後には焼き菓子が入った容器ごと、新開の机に残されていた。結局全部置いていくなら、無理に食べさせたりしないで、最初から差し入れとして渡せばいいのに……なんて思ったけれど、目の前で食べて貰ったり、感想を貰いたいという乙女心なのかもしれないと思ったら、心の中でさえも強くは突っ込めなかった。手作りなんて持ってきたことないけど、気持ちは分からなくないもん。そもそも、私なんかが手作りでお菓子なんて作ってきたら、からかわれてしまうに決まってる。だからこそ、出来るわけがないんだけど。

「あれ、なまえ苦手なやつだったろ?」
「……知ってたの?」
「そりゃ、もちろん」

そりゃ、もちろん。たった一言なのに、すごい破壊力。大っぴらに嫌いなんて言ったことないのに、些細な会話だったはずなのに、ちゃんと覚えてくれていたという事実に目眩がしそうだった。こんな些細な事で有頂天になれる私も大概だけど、それでも嬉しくて堪らなくて、顔がニヤけるのは抑えられない。

「ありがと、助かった」
「礼なら、なまえも何か作ってきてくれれば良いさ」
「……考えとく」
「期待して待ってる」

そう言って新開は、置いて行かれたお菓子じゃなくて、ポケットから出した食べかけのパワーバーを一口囓った。手作りなんて滅多にしないし、持ってきたこともないけど、新開がそう言うなら作ってみても良いかなぁ……なんて思いながら、授業中にレシピ投稿サイトをスマホでずっと見てしまった。それを横目に新開が見てたことも気づかないで。豚だって、おだてなきゃ木に登らないのに、私は新開のたった一言で木に登ってしまうらしい。

(新開さんにさらっと苦手なモノ食べてもらいたい)

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