「あれ、君なんで平気なの?」
暇を持て余し、受付カウンター内の椅子で油断していた私の頭上から不意に声が降ってきた。慌てて営業用の笑顔を張り付けて立ち上がると、そこには爽やかを体現したかのような綺麗な顔の青年がスーツ姿で立っていた。思わず見惚れて緊張が緩みそうになったけど、若さや顔で判断すると良いことが無いのはここに勤めてすぐに学んだので、心の中で自分を一喝してから改めて笑顔を作る。
「お客様、ご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
「……ま、いっか。今日ここでのミーティングに呼ばれててね」
「かしこまりました、お名前頂戴できますか?」
「シャルナーク=リュウセイ」
「リュウセイ様ですね。……大変失礼ですが、本日13時のミーティングでお間違いないでしょうか?お名前がリストに無いようなのですが」
「あれ、隣のビルと間違えたかな。ちょっと確認して出直すね」
「え?……はぁ」
「ありがとう。あ、ちょっと失礼」
「へ?」
普通こんな簡単に引き下がったりするだろうか、なんだか怪しい。返答に迷った次の瞬間、首元に触れられて思わず変な声が出てしまった。反応が遅れた事に驚きつつ、咄嗟に1歩後退って触られた箇所を確かめても特に痛みや違和感はない。新手のナンパか何かなんだろうか。いや、こんなイケメンが私ごときにそんな小賢しいことするとは思えない。この容姿なら好きに選び放題だろう。そうなると……、この人もしかして念能力者?
「ところで君、今日は仕事何時まで?」
「……すみません、そう言ったプライベートなことは」
「そっか、そうだね了解。じゃあまた」
胡散臭いイケメンはそう言うとあっさりと踵を返して、去っていく。……けど、”また”という言葉に嫌な予感しかしなくて、ため息が零れたところで休憩に行っていた同僚の受付嬢が戻ってきた。私を見て不思議そうな顔したのは一瞬で、出口へ向かうそいつを目敏く見つけて黄色い声で私も喋りたかった、と残念そうに口を尖らせた。
……代われるものなら代わりたかったよ、私も。
*
「やっぱり念能力者だったんだね」
「……あなたこそ」
シフト上がりで従業員出入口を出たところで予想を裏切らず、声を掛けられた。外へ出ると同時に念を解除しておいて良かったのかは分からないけれど、少なくとも解除しないことには気配も感じ取れない上に、念ではなく物理的に何かされれば無力な私の選択肢は一択だ。何が目的なのかは読めないけれど、それでも目を付けられてしまったことは事実。私の念能力への興味本位だけなのか、はたまた私を始末する必要が出来でしまったとかだろうか。出来れば前者でお願いしたい。
「さっきのは念? 精孔も閉じててオーラの量もどう見ても一般人だったのに、俺の念が効かないし今とはまるで別人だね」
「なるほど、やっぱり私に念で何かしようとしたんだ」
「まあね、君にはちょっと強制的に協力してもらうつもりだったんだよね」
だからバレたのか。念で何かされて、効かないのがおかしいと思われない限り、私が念能力者とバレることはまずない。普段の私は凝などをしようがしまいが、どこから見ても念の使えない一般市民。全ての念を無効化することを除いては。でもそれだけで、戦闘向きでない上に”無”が発動中は念が効かない代わりに自分も全く使えないから念能力者を感じとったりできないのが難点と、それが素の状態という何とも面倒な体質なのだ。
だからこそ普段は何もできない一般人の振りをして念能力と関わりのないような、なんの変哲もない普通の会社に勤めていたというのに。あの時、休憩していたのが同僚ではなく私であれば今日も恙なく1日を終えたであろうに。なんだって、関わってしまったんだろう。
「それで、計画通りにいかなかったから私を殺すとでも言うの?」
「まあ確かに計画が思い通りにならなかったのは残念だけど、それより君の方に興味でちゃったんだよね」
「はぁ」
「君のその念能力ってさ、念を無効にする感じ?それか纏自体に何かしてるの?バリアみたいな。それとも跳ね返すイメージなのかな。いやでもそれだと……」
なんなのこの人。ちょっと、じゃなくて結構顔が良いとは言え、一体なんなんだろうか。……こういう面倒も嫌だからこそ念能力者と関わりたくないっていうのに。相手がただのストーカー男とかなら張り倒して、さっさとここを去るだけで良いけれど、どんな念能力者かも分からずに無謀に挑むほど私は馬鹿でも無ければ、そんな勇気もないけど、どうしたものか。
「で、目的はなに?場合によってはこっちも黙ってやられるつもりはないけど」
「目的か。強いていうならお近づきになりたい、かな」
多分、私にとっても相手にとっても絶妙な間合いを保っていたはずなのに、手を伸ばせば触れられてしまうような距離まで詰められてしまった。咄嗟に後ろへ下がろうとしたけれど、それが叶うよりも先に腕を掴まれてしまった。見た目からして、力で勝てるとは思ってなかったけど瞬発力的な速さを含めても、身体能力は相手の方が上なのが明白。私は負け戦はしない主義だ。
「例えばどうすればいいの?」
「物分かりが良いね」
「諦めが早いとも言うんだけどね」
「そうだな、とりあえず君の力を借りたいんだ、もちろんそれに伴う報酬は払うよ」
「何をしろって言うの?」
「君のその能力、潜入にはもってこいじゃない?念能力者ってバレると厄介な事も結構あるんだよね。だからと言って普通の一般人じゃ役に立たないし、俺の能力だとちょっと面倒だし凝で簡単に見破られちゃうからさ。だけどその点、君なら適任だ」
はっきり言って断りたい、というか関わりたくない気持ちの方が強い……けれど、これはもう頷くしかない。やってくれる?なんてこちらを尊重した口振りだけど、拒否権なんて最初からこの強かな男は用意してないと思う。なんだか悔しくて僅かな虚栄心で睨み付けてみるけど、カウンターのようににっこりと笑顔を返された。それがまた眩しいもんだからムカつく。
「いいわ、その代わり条件がある。今の職場が基準で良いから毎月基本給を頂戴。それから別途で依頼に対して手当を支給して。私、ちゃんと安定したお金が欲しいの。だから私を貴方が雇ってくれるならやっても良い」
「それは欲がないのか、面倒なのか、判断の難しい条件だな。もちろん呑むけど、君って本当に面白いね。まあ、念能力者のくせに安月給で働いてるって時点で変わってるか」
くすくすと可笑しそうに笑われて、気分はよくないのに嫌悪感は湧いてこない辺りは意外と相性は悪くないのかもしれない。顔も良いし、敵ではなく味方、雇い主ということであれば制約など細かいところさえバレなければ警戒の必要もないだろうし、かえって良いかも。……うん、悪くない。
「一般常識やマナーなんかも一通りクリアできそうだし、俺って良い格安物件見つけちゃったかも」
「……格安物件って例えデリカシーが無さすぎるんだけど」
「基本給の分もしっかり働いてもらうからね」
「は?」
「君の力が必要な分の働きにはもちろん別途手当を払うよ。でもそうじゃないのは基本給に含まれるでしょ?」
「例えば?」
「……こういうこととか?」
そう言って今ほどまで見せていた笑顔ではなく、意地の悪そうな顔で唇を重ねられた。反射で思わず手が出そうになったけど、待ってましたと言わんばかりにあっさりとその手は制止された。あぁ、もう敵わないじゃんこんなの。落ちたくなんてないのに。
「なにすんの!」
「何って、分からないほど子供でも純粋でもないでしょ。下心なしで今日初めて会っただけの奴を雇おうなんて思うほど俺も馬鹿じゃないし、君もだろ?」
「……確かに、顔は好みだけど、って、そうじゃなくて!」
「へぇ、俺の顔タイプなんだ?」
「あなたこそ私に一目惚れでもしたって言うわけ?」
「まぁ、そういうことにしておこうかな」
なんとも自然に腕が伸びてきて腰を抱かれる。手際の良さがまた癇に障るけど、もうされるがままに身を任せる。やばいなぁ……こういうのって、自覚した時には遅いっていうのに。いや、そう思ってる時点でもう手遅れか、なんてにこにこ笑う綺麗な顔を見上げながら他人ごとのように思った。
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