「なんかいい匂いしねぇ?」
「いい匂い?」
「そう!甘い美味そうな匂い」
「あ、それなら私のクッキーかも」
お昼休みに友達と食べようと思って焼いてきたクッキーを、目敏く丸井くんが気付いてしまった。鞄から出したりしてないのに感じとれる彼はさすが。毎日何か甘いものを食べてるし、女子にもよく貰ってるのを見かける。
「……いる?」
「え、まじで?サンキュー!」
みんなで食べるつもりで、多めに焼いたから多少食べてもいっか。そう思って、容器ごと出すと丸井くんは目の色を変えて笑った。なんの変哲もないクッキーなのに、そこまで喜んでくれるとこっちも嬉しくなってしまう。大袈裟に美味しいと言いながら食べる姿は、ファンでもない私でも可愛いと思ってしまうのだから丸井くんがモテるのはそういうことなんだろう。
「なんだよじろじろ見て、お前も食べたいの?」
不意に私の後ろの席の方を見て、丸井くんが声をかけた。それに反射的に視線を移すと、頬杖をついて気怠げにこっちを見る仁王くんと目が合った。つまらなそうな顔でこっちを見る彼からは、食べたそうな気配など少しも感じ取れない。どこをどう見て丸井くんは仁王くんも食べたそうだと判断したのだろうか。声をかけるべきなのか迷うけれど、重なった視線は外されることがなく真っ直ぐ私を見ていて、それが恥ずかしくて顔が熱を持つのが分かる。
「に、仁王くんも食べる?」
照れを誤魔化して、返事も聞かずにクッキーが入った容器を差し出したけれど、手は伸びて来ない。やっぱり要らなかったかな、手作りなんて迷惑だったかも、と慌てて引っ込めようとしたところで、仁王くんが口を開いた。
「ん、」
え、なに、え?これって口に入れろ……ってことで合ってる?違ってたらすごく恥ずかしいし、痛い奴だよね?ど、どうすれば、と丸井くんに視線で助けを求めてみるものの、目が合うと呆れたような意味深な含み笑いをされただけだった。どういう意味の顔なのそれ、全然わからないんだけど。
ちらりと、仁王くんに視線を戻すと「はよ、しんしゃい」と、もう一度口を開いた。やっぱりこれは食べさせろ、とそういう意味と受けとっていいんだよね……?仁王くんにアーンするなんて、ファンの子にバレたら大問題な気がしないでもないけど、今はそんなこと考えてる場合じゃない。ドキドキどころかドクドクとしてる心臓に気付かないふりをして、冷静を装ってクッキーを1枚、仁王くんの口に近づけた。
「ん」
「ひゃぁっ!」
「……ごちそうさん」
「な、な、な!」
驚きすぎて言葉にならない。信じられなくて、自分の指と仁王くんの顔とを交互に見てしまう私を、仁王くんはおかしそうに笑った。な、なんなの、どういうこと?混乱して頭が全然回らない。なんで指まで食べられたの?わざと……だよね?わざとじゃなきゃ指まで口に入るわけないよね?え?え?ど、どういうこと?
「真っ赤じゃのう」
「に、仁王くんのせいじゃん!」
「プリッ」
火照った顔をこれ以上見られたくなくて、仁王くんに背を向けて椅子に座り直して、クッキーも鞄に片づける。耳まで熱い顔をノートで数回仰いだところで、丸井くんがにやにやした顔でこっちを見てることに気付いてしまった。あ、やばい。丸井くんのこと忘れてた。仁王くんに見えなくても丸井くんには丸見えじゃん。しかもこっちを見る目が、からかいたくてしょうがないって言ってるし。もう絶対丸井くんにお菓子なんてあげないんだから。ああ、もう早く治まれ私の火照り!
甘い香りの指
そんな私の背中を見て、仁王くんが楽しそうに含み笑いをしていたことは丸井くんしか知らない。
ちょったんへ捧げる初仁王さん!