10

夏休み前、最後の席替え。また、特等席がやってきた。毎日続く暑い日。風なんて全然吹かないし、何もしたくない倦怠感しかない。けど、前に映る玉虫色と形容されるあの長い髪だけはずっと眺めていられる自信はあるなぁ。
……って、私が巻島くんを好きなのを知っている唯一の友達に言ったら、呆れたようなため息をつかれて能天気で羨ましい、と馬鹿にされてしまった。
それでも、いいんだ。ずっとこの席が、クラスが続けば良いのに。そう思ってしまうくらいには、色ボケしてるという自覚はあるから。
もちろん、何かこの友人に報告できるほどの進展なんてものはないけれど、でも、この教室で彼が1番仲が良いのは私だと思うくらいには、それが自惚れではないと確信を持てるくらいには、数歩ずつ、歩み寄れてる。と、思う。
初めて巻島くんの後ろの席になった時には、夢にも思わなかったのに。人生はどう転ぶか分からないとはよく言ったものだと実感する。
そう考えると、鏡を見なくても分かるくらいに緩んでしまった顔が戻らなくなる。良かった、巻島くんがこっちを振り向いてなくて。

生温かい、風がと呼べるか怪しい弱い温風が一瞬だけ吹いた。全く心地良くもない、暑さが増しそうな風。でも、その風で少しだけ。ほんの少しだけ彼の髪が揺れた。

「……あ、」
「なにショ?」

しまった、と思ったけれど、遅かった。なんだろう、この流れ前にもあった。その時は、触ってみたくて無意識に背中をそっと突いてしまったんだっけ。

「なんか、……今、触れないといけないような気がして、あの、一瞬巻島くんが消えそうな気がしちゃって。……って、なに言ってるんだこいつって感じだよね、あは」
「……はぁ、」
「あ、いや……ごめん。そんなわけないのに、変だね」
「……」

うわ、巻島くん、元から困り顔なのにそれをさらに困り顔にさせてしまった。あー…もう何やってんだか。いや、何言ってんだか、か。

「あのヨォ…」
「あ、あの!今の気にしないでね……!?」
「……夏休み、」
「へ?」
「IHが終わったら暇あるか?」
「IHって……巻島くんの自転車競技部の大会、だよね?」
「おう、」
「私は部活も引退してるし、受験も難しいところじゃないから余裕はあるけど……、なんで?」

あ。また困らせた。これ以上は無理というくらい、巻島くんの眉毛が下がる。

「その、……自惚れていいのか、って思ったんだけど、……これって俺の勘違いか?」
「え……、そ、それって…、」


ふわり、髪

ふわりと、音もなく私たちの恋は始まって、
風に揺れる髪のように、ゆっくりと。
少しずつ、少しずつ、私たちの恋は進んでゆく。それは、まだスタートしたばかり。

ALICE+