『そこどいてどいてー!』
「きゃぁっ!お、お嬢さまどこへ…!?」
『ちょっと蔵ノ介に捕まらない所までーっ!』

今日も私は、口うるさいあいつから逃げる。
あいつと言うのは、私専属執事の白石蔵ノ介。彼は物心ついた頃からずっと私の執事をやっている。
いつの頃だったか、ある日いきなりパパが蔵ノ介を連れてきて、彼を私専属の執事にしたからな、と楽しそうに笑った。
やんちゃに遊びたい盛りだった小さな私は、そのにこやかなパパと、整い過ぎた顔で微笑む蔵ノ介にも苛立ちを覚えた気がする。その予想通り、蔵ノ介が来てからというもの私の行動範囲は狭まった……否、狭められてしまった。

自分で言うのも何だけど、私はいわゆる我が儘お嬢さま。
パパもママも私に甘く、駄目と言っても最終的には何でも許してくれていた。それはメイドや執事もで。
そんな中、突然現れた蔵ノ介は私の世界を変えた。良い意味でも悪い意味でも。

『でもでも勉強は嫌!』
「そんな事言うたかて、逃げられんで」
『っ…!』

振り向かなくても分かる。今この家で関西弁を話すのは1人だけ。だから後ろを振り向かずに、そーっとその場を去ろうと擦り足をする。

「ん?どこへ行くんや、お嬢」
『ひぃ…!』

予測はしていたけれど、駆け足に移るまでもなく私の肩はガシっと掴まれた。あぁ……振り向かなくても彼の表情が手に取るように分かるのが悔しい。

「さぁ、部屋に戻るで」

ぐいっと肩を引かれ、目に入った蔵ノ介の表情は予想通り過ぎて笑ってしまいそう。けれど、にっこり口角を上げて笑う整った顔は本当に憎たらしい程綺麗だったりする。

『嫌ー!今日はせっかくの日曜なのに何で勉強しなきゃならないの!』
「それは自分がお嬢やからやないん?ピアノにヴァイオリンに作法…色々大変なんも全部金持ちのお嬢やからやん」
『違う!蔵ノ介が私の執事だからだもん!もう帰って!』
「残念ながら住み込みやから、それは無理っちゅうもんやでお嬢?」

たしなめるように笑う蔵ノ介ほど憎たらしい人を私は知らない。
本当に彼がいる限り私の自由は制限されっぱなしだ。否、寧ろ最初から制限されていたのかも知れない。小さい頃の自由な生活が遠く遠く、夢みたいに思える今日この頃。

それでもこの憎たらしい執事との日常が嫌いではなかったりする、
本当は好きだなんて誰にも内緒、


ALICE+