今日も蔵ノ介はお小言ばっかり。良い加減ヴァイオリンにも飽きたのに、才能なんてないのに、いつまでやり続けなければならないんだろう……。

「お嬢、気ぃ抜かんとちゃんとやり」
『ここ難しくて分かんない……』

だらん、と腕を下げてうなだれていると蔵ノ介がしびれを切らしてこっちへ歩いて来た。
ヴァイオリンの音を外す事は良くあることだけれど、それにしたって今日はすこぶる調子が悪い。

「貸してみ」

そう言って私の手からヴァイオリンを取って、さっと構える。うちの執事専用にデザインされた漆黒の制服がオケの人みたいに見えて、様になる。
……と言っても、様になってるのは見た目だけじゃなくて、腕もかなりたいしたもの。
だって元プロの先生に習っていたのに、その先生が辞めさせられたのは数年も前のことだから。それからヴァイオリンの先生は蔵ノ介になった。

本当に蔵ノ介はこんな所で執事なんかやってる人材ではないとつくづく思わされる。

「こうするんや。分かったか?」
『……へ?』
「聞いとらんかったんか?」
『ご、ごめん』

蔵ノ介の奏でるメロディーが耳に入ってくるのを感じていたはずなのに、いつの間にか終わった事に気付かなかった。

「……お嬢」
『ん、……なに?』

いつもなら怒るのはずなのに、蔵ノ介はその様子もなく近付いて、空いた方の左手で前髪に触れた。

『え?』
「ちょっと黙っとき」

さらっと流した前髪の間に手を差し入れて、おでこに触れる。いつも腕に巻かれている包帯の感触が変な感じ。唯一素肌が出た指の部分が冷たくて気持ち良い。

『つめたくて気持ちいい〜』
「……稽古はここまでやな」
『え?良いの?』
「なに言ってんのや、熱ある奴が。さっさと寝るで」
『熱?』

あぁ、……通りで。ヴァイオリンの調子が悪いのも、いつも以上の倦怠感も、蔵ノ介の指が冷たくて気持ち良いのも、私が熱を出しているからなんだ。

「……ったく。しんどいならはよ言いや」
『きゃっ?!ちょ…、ちょっ!』
「耳元でキンキン叫ぶな。熱上がるで」
『だ、だって…』

は、恥ずかしい。
蔵ノ介は手早くヴァイオリンをケースへしまうと、今度は素早く私の膝と背中に腕を回して属に言うお姫様抱っこをした。
昔はそのお姫様、と言う言葉が拍車を掛けて大切に抱かれるようにされるこの抱きが大好きで、昔よくやって貰っていた記憶がある、けれど!今この歳になると恥ずかしいの何物でもない。

蔵ノ介の整った顔がこんなに近くにある事自体がどうしようもなく恥ずかしい訳でもあるけれど。

『お、おろして…!』
「あかんに決まっとるやろ」
『っ!』

なんやかんや言って、私の嫌だと言う事は絶対にしない蔵ノ介なのに、こういう時だけは頑なだ。

だから、顔があかいのは熱の性にしといてください


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