『えっと…ここでバターを入れて…』
「お嬢様、こちらの湯煎終わりました」
『あ、うん、ありがと…』
「ふふ、お嬢様がこんなに頑張って作って下さっているのですからきっとお喜びになりますね」
『え……あー、うん。だと良いなぁ』

今日はバレンタインデー。
女の子がチョコをあげる日、という事でメイドさんに手伝って貰いながらチョコを作る。
パパやじいや、その他執事さんなどの家で働く男の人の数は多いから手伝って貰わないと終わらない。

『でもそっちのを作っているのは貴女なのに私が配るのはおかしいかなぁ……』

どろどろになりかけた液体が入ったボウルを持ってメイドさんの方を見ると、それに気付いた彼女はにっこり笑った。

「そんな事ありませんよ、大切なのはお嬢様のお気持ちですもの。……それに大切な方へのはご自分で作っていらっしゃるではないですか」
『……あ、うん』

確かにメイドさんが作っているのは皆に配る用のトリュフ。
私が作っているのは、蔵ノ介にあげる用のガトーショコラ。(パパにはお気に入りの生チョコをもう買ってある)

「大切な人」
そんな言葉に顔が少し熱くなる。
毎年買っていたから手作りするのは今年が初めて。それが何故作る事になったかと言うと、今年偶然蔵ノ介が今日出掛ける事になったから。

蔵ノ介がいる時にメイドさんとキッチンにいるだなんてバレバレも良い所だし、蔵ノ介なら絶対入ってきちゃうし、そして何よりお菓子作りすら上手い蔵ノ介だから色々言われそう。
そんな理由で毎年手作りは断念していたのだけど、今年は夕方まで帰って来ないらしいからメイドさんと一緒にキッチンでチョコ作りに励んでいるのだ。


『出来たー!』

皆の分のラッピングも完璧!ガトーショコラも箱に詰めたし、後はもう配るだけ!

「何が出来たんや?」
『ひぃ!』

ずん、と腕を肩に置かれた感触が重みと共にして、聞き慣れた声がした。

『く、蔵ノ介…は、早かったね』

私の予定ではまだ小一時間は帰ってこないはずだったのに。こんな所で嬉々としてる場合ではなかった。

「あぁ、用事終わったし今日はバレンタインやからはよ帰りたいって旦那様が言うてん」

パパ……、空気を読んでよね。

『じゃ、じゃあパパはもう帰ってきてるの?』
「まぁ、な」
『?』
「せやけど、さっさと奥様ん所行ったで」
『……あぁ、そういうことね。じゃあチョコは明日で良いっか。どうせママに貰うんだし』
「ほんま旦那様は愛妻家やなぁ」
『ほんとほんと、呆れちゃうよね』
「で、それ俺も貰えるんか?」
『え…』
「中々美味そうやな、」

蔵ノ介はそう言って私の肩越しに小さくラッピングされたチョコを1つ摘んだ。

『ちょ…!ダメ!人数分しかないの!!』

チョコを持ち上げた蔵ノ介の腕に手を伸ばすけれど、身長差の性で届かなくてジャンプしてみる。

「……」
『え?』

すると、あっさり腕は下りてきてチョコが私の手に返された。

『蔵ノ介…?』
「……なんや、俺の分のチョコはないねんな」

声色がひどく変わったから蔵ノ介の顔を覗き込むと、少し悲しそうな顔をしていてびっくりした。そしてすぐに踵を返してキッチンから出ようと歩き出した。

『え?え?蔵ノ介?』
「もうえぇわ。俺はそこら辺の執事よりどうでもええんやろ」
『蔵ノ介、なんか勘違いしてない?』

基本的にあまり怒らない蔵ノ介の声が抑えてるけど、怒ってる。

「勘違いやないわ!そんなちっこいチョコすら俺はあたらんのやろ!」

『……ぷ。あはははは!』
「な、なんや?!」
『うん、そうだね。こんなちっこいチョコなんてあげないよ』

こんな風に取り乱す蔵ノ介なんて珍しいなぁ、っていつも慌てるのは私の方だから少し優越感に浸って、そっと蔵ノ介にあげる箱を後ろ手に持つ。

『はい!』
「……なんやこれ?」
『蔵ノ介の分のガトーショコラ!』
「……それ旦那様にあげる奴やないん?」
『違うよ、パパにはもう買ってあるもん』
「……」
『蔵ノ介…?』
「……はぁ、格好悪」

はぁ、と溜息を漏らしたかと思うとその場にしゃがみ込んでくしゃくしゃと頭を掻いた。

『……蔵ノ介?』
「ん?」

今のは妬きもちって解釈して良いんでしょうかね?
「ち、違うわアホ!」
『…ふーん?』
「こんだけ我が儘お嬢に世話妬いてやってんのにチョコもなしって有り得へんわ、って思っただけや!」
『ふー…ん?』
「からかうのも良い加減にしぃ!」


(ハッピーバレンタイン!)


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