花村にジュネスのフードコートで奢ってもらうことになった私はうきうき気分で放課後を迎えたのだけど、ホームルームが終わって速攻トイレに駆け込んですぐに全館放送がかかって、これから緊急職員会議だから生徒は教室から出るなと言われて思いきり気分が急降下した。
とりあえず教室に戻ればそこにはざわついているクラスメイトたち。花村も花村でトイレに行っているのか姿は見えないようだ。
数人のクラスメイトが窓のほうに張り付いて、どこかから聞こえるパトカーのサイレンの音に耳を澄ませてなにやら話しているようだけどざわざわという教室内の音に消えてよく分からない。でも何か事件があったのだろうことは分かって、私は菜々子ちゃんのことをふと思い出した。堂島さん、もしかしたら今日帰ってこないかもしれないなあ。
「鳴上、鳴上」
「え?」
そう思って椅子に座ったままおとなしくみんなの話を聞いているらしい鳴上に近づいて話しかければ、鳴上は驚いたように私を見上げて首をかしげる。
「今日多分堂島さん帰って来ないと思うから、菜々子ちゃんのことよろしくね」
「どうして?」
「堂島さんああ見えて結構お偉いさんだし、事件とかあったら帰ってこれないこと多いから」
そう言って外で鳴っているパトカーの音をさせば、納得したように鳴上は頷いた。事件じゃなくても何かあったことは確かだろうし。
ざわつく教室を見ながら私も自分の席について帰る準備だけでも済ましてしまおうと鞄の中に教科書やらをつめる。そうしていれば、ぴんぽんぱんぽん、という放送開始の音が鳴って少しのノイズ音のあとに女性教師の声が耳をついた。
『全校生徒にお知らせします。学区内で、事件が発生しました。通学路に警察官が動員されています。出来るだけ、保護者の方と連絡をとり、落ち着いて、速やかに下校してください。警察官の邪魔をせず、寄り道などしないようにしてください――』
その放送を訊いたとたん、またざわつく教室内に私はひとつため息をついた。早く花村帰ってこないかなあ、となんとなく考えて頬杖をつく。ふと斜め前に視線をやれば、一人で帰ろうとした鳴上に一緒に帰ろうと声をかける千枝と雪子が見えて内心少しだけ関心した。おお、千枝はともかく雪子もいるのに珍しい。
そんなことを考えていたら、ぐっと腕を引かれて私は鞄を咄嗟に握って立ち上がった。腕を引かれたほうをみればそこには花村が居て、冷や汗をかきながら「逃げる準備しろよ」と小さく言うと何かを持って千枝のほうへ近づいていった。
よくわからずに首をかしげて花村のあとを追えば、花村は千枝の前に立つと手に持っていた何かを千枝に差し出す。…DVD?
「あ、えーと、里中…さん。これ、スゲー面白かったです。技の繰り出しが、さすがの本場っつーか…」
しどろもどろ、つまりながらそういって花村はDVDを千枝に押し付けると頭にはてなを浮かべている千枝に向かって両手を合わせた。
「申し訳ない!事故なんだ!バイト代入るまで待って!」
それだけ言うと花村は「じゃ!」と千枝に手を挙げると脱兎のごとく教室から脱出しようとドアのほうへ走る。だけどそんな花村の様子がおかしいと思ったらしい千枝が「あたしのDVDに何した!?」と叫んで逃げる花村の背中に回し蹴りを繰り出し、花村はバランスを崩して机の角で股間を強打。朝と同じように股間を押さえてもだえながら涙目で千枝を見上げている。鳴上が驚いたように、だけど同情するような眼差しで花村を見ているのが見えた。
「…馬鹿?」
「なんで!?信じらんない!ヒビ入ってんじゃん…あたしの成龍伝説がぁぁぁ…」
「俺のも割れそう…つ、机の角が、直に…」
震える声で言う花村を見た雪子と千枝が首をかしげたのが見えて、その横で鳴上が顔を真っ青にしているのが目に入る。同性からしてみたら多分他人事じゃない痛みなんだろうなあ、私はわかんないんだけど。あんまりにも冷や汗をかいて痛がる花村に見かねたのか雪子が「大丈夫?」と声をかけると花村は痛みか感動かよく分からないけど涙ぐんで雪子を見る。
「ああ、天城…心配してくれてんのか…」
「いいよ、雪子。花村なんかほっといて帰ろ」
心配する雪子の手を引くと、千枝は怒りながら教室から出て行ってしまった。そのあとを花村を一瞥した鳴上がついていって、私をちらりを見てから小さく首をかしげた。ついてこないのか、という視線に苦笑をして私は花村を指差した。
「これどうにかするから。また明日、鳴上」
「ああ…、また明日、桐条」
ひらひら手を振れば、軽く手をあげた鳴上。とりあえずこのまま教室の中に居ても花村がまたやってるとか思われるだけだろうからと思って自転車置き場に花村を引っ張っていき、荷物を花村の自転車に置いて「もう乗れる?」とたずねた。自転車置き場につくころには顔色は戻ってたしいつもどおりの花村になってるけど花村は自転車を見るなりいやそうな顔をする。
「桐条…運転任せた」
「女の子に運転させないでよ」
「ジュースとハンバーガーで頼む!」
「…貸しひとつだから」
そういって、花村から自転車をひったくって押す。校門から乗るつもりで押せば花村もそれが分かったのかおとなしく隣を歩いて、そういえば、と私を見る。
「転校生…っと、鳴上だっけ?仲いいのな」
「今日会ったばっかだけどね。それに率先して話しかけそうな花村が死んでたからだし、転校初日って不安でしょ」
「ああ、確かになー」
オレもだったわ、と小さく言った花村に批判の声を漏らせば花村から不服そうな声が返ってきた。それに笑っていたら、花村が前方を見て「お」と言う。
「噂をすれば、だな」
校門前に居たのは千枝と鳴上、それに他校生らしき男の人に告白らしきものをされている雪子だった。雪子が何か言えば、その他校生は嫌そうな顔をして校門をすごい勢いで去っていったけど。
「よう天城、また悩める男子フッたのか?まったく罪作りだな…俺も去年、バッサリ斬られたもんなあ」
立ち尽くしている雪子たちに近づいていって花村がそう言えば、雪子がきょとんと首をかしげた。別にそんなことしてないよ、という言葉もついてきたせいか、花村の目がきらきら光ったような気がする。ていうか去年告白してたのか花村。いや、告白っていうよりもデートに誘ってたとかいう系?花村に告白なんて高度な技術が備わっているわけがない。
「え、マジで?じゃあ今度、一緒にどっか出かける?」
「…それは嫌だけど」
「ぶっ、花村ダサー!」
「!! 僅かでも期待したオレがバカだったよ…。てか桐条お前笑ってるけど絶対俺と同じ道辿るだろ!俺と同じ空気がする!」
「すごい失礼なこと言った。ていうか私が口説いて落ちなかった男はいないからね言っておくけど!まあ今まで一人も口説いたことないけど!」
「自慢になんねーだろ…」
「はいはい、漫才はもういいから。ところでちとせたちどっか行くの?」
あきれたように千枝に言われて言い合いをやめたら、どう反応していいのか分からない鳴上と楽しそうな顔をした雪子と目が合った。とりあえず千枝の質問に「花村に奢ってもらうからジュネス」といって自転車にまたがれば、千枝が「うらやましい!」と一言花村に言った。
「ていうわけで寄り道して帰るつもり。ほら花村乗って」
「おう。つーか、お前ら、あんま転校生イジメんなよー」
「話聞くだけだってば!」
自転車を押さえて花村が後ろに立つのを見届けてから私はペダルを踏んだ。ぐん、と前に自転車が行く感覚にまたペダルを踏んで、後ろを振り返って三人に手を振った。
「じゃあまた明日ね、千枝雪子、鳴上も!」
そうすれば、三人ともひらひらと手を振ってくれてなんとなくうれしくなった。
「ていうか花村重い」
「うっせ、男だからこれくらいでフツーなんだよ。つーか」
「私のほうが重いとか言ったら自転車から振り落として車輪で股間踏みつける」
先に続く言葉を予想して言えば、花村はぐっと喉に何かつかえたように押し黙ってしまった。…さては言うつもりだったのかこの花村め!
「そりゃ女の子のモテないわなあ、顔はいいのに」
「そーいう桐条さんはおモテになりますねー」
「私モテたためしがないんだけど…花村、いい病院紹介してあげるよ?」
「なんだよその哀れみの目!たまに正直になったってのに」
だから言うのが嫌だったんだ云々とぶつぶつ言う花村を横目に、私は長い下り坂をブレーキを押しながら降りていく。曇っているにしろ春の風は気持ちよくて、ここに来てあっという間に時がすぎたことを感じてしまった。
湊がいなくなって、もう二年が経ったなんて。
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