家に帰ってやることやってから、早速机に座ってもくもくとノートを写しつつも教科書とにらめっこする作業をはじめた。ううう今まで授業寝たことなかったのにっていうかいや寝てはなかったけど考え事だけだったけど!…にしてもホームルームでよく先生に見つからなかったな…自分すごい。諸岡先生に見つかってたら反省文とかじゃ絶対すまなかっただろうしな…。
「…にしても…」
ノートを写しつつも、ふっとその几帳面な字が並んでいる紙へと視線を落とす。ばかみたいにわかりやすいノートの取り方してるんだけどこの人。要点はちゃんと色つけてあるし、ノートの構図…構図っていうのか、わかりやすくまとめてある。もしかして鳴上って頭いいのかなあ…これ花村に教えてあげたら花村もテストの順位絶対上がるんじゃないの…いやいやその前に自分の勉強自分の勉強…!0時まではどうせ暇なんだし勉強しながら待つって決めたし!
あんまりにも分かりやすい、まさかのテスト勉強用ノートなんじゃないのかと思うほどのそれを何ページかさかのぼって見つつすごいすごい連発していたら、いつの間にかもう0時前になっていた。やっばいマヨナカテレビもう始まる!ええとなんだっけ夜中にひとりでテレビの前だっけなんだっけ。あわあわしながらも這いずってテレビの前までいって正座をする。…で?
電気ついてるけどいいんだっけ?あれ、消すんだっけ。ていうかテレビ消した状態で待つの?映らなくない…って、もし影時間関係のことならそういうの関係ない、か。
さあさあと雨が地面や屋根を打つ音がする。しんと静まり返った部屋になんだかそれが妙に気味悪くて、思わずぎゅっと手を握った。こんな気持ちで、0時を待つのは何年振りだろう。まるで目をそむけるみたいに、絶対に、無理やりでも0時前には寝てた私が、あれから、もしかしたらはじめて起きたまま0時を超えるのかもしれない。今までは一緒に時間を超えていた人たちのいない、一人きり。
ずしり、胸の奥に何かがたまる感覚に目を閉じた。
私のシャドウ。私のペルソナ。もう一人の、わたし。大丈夫、ここに居る。
「…え…」
胸をおさえて目を開ければ、すぐにぱっとテレビの電源がつく。リモコンは押していないし、つけた覚えもタイマーにしたつもりもない。テレビは砂嵐をうつしていて、ざざ、とその独特の音を漏らしている。ためしに頬をつねってみても、痛い。寝ているわけではないらしい。
何よりこのテレビがついた瞬間の感覚…影時間のそれに、似ている気がした。似ているだけで同じものではないけど、でもこれは…シャドウの気配。テレビの中と、テレビの画面がつながった…?言い表せないこの感覚に驚いて固まっていれば、ふっと砂嵐の中何かが見えた。ゆるく巻いたふわふわの髪、うちの学校の制服。まるでもがくみたいに、砂嵐のとぎれとぎれの映像でもわかるくらい苦しむその様子に、あわててテレビにかけよってテレビに触れる。と、触れた瞬間に映像は消えて元の静かなテレビに戻ってしまった。しかも、ちゃんとテレビの感覚があった。入れない…?
「う、うそ、なんでっ…」
ぺしぺしたたいても、テレビは波紋を作るどころか何も反応しない。確かにあのテレビに映ってたのは、小西先輩、だった。苦しむような先輩が、テレビの中にうつっていた。どういう意味だろう?どういう、ことだろう?
意味、なんてそんなの考えなくても分かってるはずだ。あの世界と、この世界がテレビによってつながった。先輩はこの中に居る。雨の日の0時という時間に、この時間だけにつながった。なんで、この中に?いつから?
そこまで思って、昨日の違和感を思い出す。人の気配がした。…まさ、か、昨日、から?
クマはなんて言ってたっけ?霧が晴れると、シャドウが凶暴化する。暴れる、雨の日の後はこっちの世界に霧が出ることが多い。向こうの世界は晴れる。…シャドウが暴れるっていうことは、戦うすべを持たない彼女は、どうなる?
考えて、ざわりと悪寒が走った。しんでしまう。小西先輩が死んでしまう。
がんがんとテレビをたたくけど、テレビの中には入れない。急いでほかの部屋のテレビに触れてみるけど、ただただ冷たい画面に触れるだけ。なんで?どうして?!
あわてて先輩の携帯の番号に電話をするけど、通話音もなく、無機質な機械の声が聞こえてきただけだった。電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため。お決まりのそれを言う携帯を切って、雨の降る外に出る。外に出たところでどうなるわけでもないけど、先輩を、さがさ、ないと。今から先輩の家に行ったところで、きっと先輩はいない。それに真夜中だ。こんな時間に人の家に行くなんて非常識にもほどがある。公園や、商店街を走るけど先輩はどこにもいない。どうしようどうしようどうしよう。しんでしまうせんぱいがしんで。
ばしゃばしゃと水しぶきも気にせず走っていれば、ふっと、前方から出てきた何かに私はぶつかって思わずしりもちをついていた。ぶつかった人は「うわっ」なんて言って、だけど転ばずに済んだようで。こんな夜中に誰だ、と思ったけど「ごめんなさい」とうつむいたまま言えば、ぽかんとしていた目の前の人が「あれ、桐条さん?」と私の名前を呼んだ。
聞き覚えのある声にふっと視線をあげれば、そこには少しだけくたびれたスーツを着た、見たことのある顔があった。堂島さんといつも一緒に居る、堂島さんの部下の人だ。名前はたしか…
「あ、あだち、さん」
「やっぱり!こんな夜中に傘もささずに何してるの?大丈夫?っていうかごめんね、僕も前見てなかったし、まさか女の子が走ってくるなんて思わなくて」
言いながら、足立さんは私が起きるのに手を貸して立たせてくれた。触れた手は暖かかったけど、思わず私は一歩離れる。雨に濡れる私を見て、足立さんは「あ、ちょっと濡れちゃうって」と言いながら傘の半分に私をいれた。堂島さんの部下の、警察官の人だ。下っ端だと言っていたのを覚えてる。…初対面のときからだったけど、私はこの人が少しだけ、苦手だ。引っ掛かる。そう、心の端っこに、少しだけ何か引っかかるのだ、この人と話していると。
「で、こんな夜中にどうしたの?探し物?」
聞かれて、どう言おうか悩む。けど、ここは変にかくしてしまうより言ってしまったほうがきっと、怪しまれずにすむだろう。相手は警察官だ。素直にテレビのことを言うのは、気が引けた。それに堂島さんも、この人の上司としているし。
「せ、せんぱい、が」
「先輩?」
「小西先輩がいなくなったって聞いて、心配で。家に帰ってないって」
言えば、ふっと足立さんから冷えた気配がして思わず上目に足立さんを見上げる。湿気のせいでぺたりとなった黒髪に、同じ黒い目。夜だからか、薄暗い街灯しかない場所で見たからか、その瞳に色がないように見えた。けどそれも一瞬で、足立さんはへらりと笑うと「誰に聞いたの?」と困ったように言う。
「僕も夜勤じゃないのに緊急で捜索隊になっちゃってさー。堂島さんも明日から捜索するとは言ってたけど、若い子にありがちな家出じゃないかと思ってるんだよね。部署の中でもそう思ってる人たち多くって…寝る間も惜しんで仕事とかやになっちゃう…って、まだ高校生だしよくわかんないか」
はは、と足立さんは笑うと私に傘を押し付ける。え、と思って顔をあげれば、足立さんも不思議そうに私を見ているところだった。
「傘、さして帰りなよ。ここからだとちょっと距離あるんじゃない?桐条さんの家って」
「え、でも」
「僕はいいって。小西早紀さんのことは、警察に任せて君は帰りな。もう夜中の二時前だし、女の子が一人で出歩いていい時間じゃないよ」
なんなら僕が護衛するよ、サボりがてら。へらりと笑った足立さんに、私は無理やり苦笑をして頭を下げる。雨でぬれた髪がぺたりと頬にくっついて気持ち悪かったけど、それ以上にこの人から早く離れたかった。二人きりでいるのは、苦手だ。
「ありがとうございます、でも仕事の邪魔はできないから。それにもうびしょ濡れだし、傘も大丈夫です」
「そう?でも風邪ひいたりしたら大変じゃない?」
「走って帰ります。ありがとうございました足立さん。お仕事がんばってください」
言って、逃げるように私は商店街のゆるやかな坂を駆け下りた。先輩はいない。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。先輩が死んじゃうかもしれない。頭まわんない。テレビの中、行かなくちゃ。そうだ、テレビの中。霧が晴れようが、どうしようが先輩がテレビの中に居るなら。ああでもその前にお風呂入って、それからだ。服もびしょ濡れだし、寒いし。
全速力で家に帰って、お風呂に入って温もった。そのままリビングのソファに、私は倒れこむ。どうしたらいいのかわからない。テレビに触れても、まだ、入れない。そのまま私の意識は、途切れる
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