学校が終わると同時に私は自分の家へ走って、鞄も何も放ってテレビの中へと入った。もう先輩はこの中にはいない。そんなの分かってる。だけど何があったかくらいは、分かるかもしれない。この前私が行くのをやめた、校門の外の世界。行かなきゃ。私の中の何かが訴える。
タルタロスのエントランスにはクマはいなかったし、校門まで行ってもクマはやってこなかった。気配はするからどこかにいるのだろう、この気配をたどってとりあえずクマのところまで行こう。
そう思って校門から一歩出れば、またこの前の感覚が襲う。けど、この前と違うのは人の中に入っていく感覚がそこまで強くないということ。不快感はあったけれど、それでもこの前ほどじゃなかった。…あのときは、小西先輩がこの世界に居たからだ。根拠もなくそう思って、クマの気配がするほうへと走る。頭痛い。そういや寝不足だったっけ。
「って、この中、広すぎ…」
息が切れて、途中で立ち止まる。相変わらず眼鏡をとれば霧は深いけど、眼鏡をかけていると視界はクリアになる。それでもここがどこだか分からないし、来た道もそういえば覚えてない。クマに会えばなんとかなるだろうし、あのクマならきっと私が迷子になったって見つけてくれるだろうけど。
少し息を整えてから、また気配のするほうへと走る。道中にシャドウが現れるでもないから、探索だけに時間をかけれるのはタルタロスとは違ってずいぶん楽だ。
「……?人の、気配がっ…」
しばらく進んだところで、クマ以外の気配を感じて私は走りながら気配を探る。人の気配だ。二人いる。風花ちゃんのようなアナライズ能力は私にはないけど、この中にいる人の気配を感じることはどうやらできるらしかった。誰かは分からないけど、生身の人間。クマも一緒に居るのか、気配はそこから動かなかった。
誰だ。そう思って走っていれば、ふっと空気が変わる。回りもいきなり見たことのある場所になって、思わず立ち止まっていた。
「…っ商店街…?」
私のまわりにある街並みは、いつも通る商店街になっている。この緩やかな坂をのぼっていけば、神社があって、そのずっと上に小西先輩の家…酒店。まさか、ここが小西先輩が作った"世界"?
この坂の上からする気配は、シャドウのものもある。クマも、人二人もきっとそこにいるのだろう。棍をぎゅっと握って、太ももに召喚器があることを確認する。使うわけのない召喚器は、もうお守りにしかならないけど。
「よしっ…」
緩やかな坂を、全速力で駆け上がる。誰かが居る。クマも居る。シャドウの気配が、強い。早く、早くいかないと。それだけを考えて走っていれば、ふと前方で光の柱が、禍々しいくらい真っ赤な空へ突き抜けるようにして立った。そのまぶしさに思わず立ち止まって目を閉じれば、感じたその感覚に思わず鳥肌がたつ。
湊と同じ、気配がした。
ペルソナの能力に目覚めたばかりのころの、湊と同じ感覚。だけど少し違う、その気配。そんなわけないのに。そう思うのに手が震えた。湊はもう、この世界にはいない。会えるわけのない人だ。いるはずがない。
だけど私は何か考えるよりも早く、棍を握りしめたまま走っていた。坂の上へ、酒店のある場所へ。居るわけがない、だけどこの気配はペルソナの気配だ。この近辺で、ペルソナがつかえる人なんて……。
走りながらそこまで考えて、頭に鳴上が浮かぶ。まさか、鳴上がここに居る…?どうして。走っているせいもあるのかもしれないけど、動機がする。はやく、はやくいかないと。
「――ジオ!」
近くまで行った時、聞こえてきた声にはっとする。同時に前方で小さな雷が走った。…ペルソナだ。
ジオと唱えたのは、鳴上の声。気配を消さずに走っていけば酒店の前、へたりこんだ花村と、アナライズをするクマ。それに、ゴルフクラブで戦う鳴上が居た。鳴上がジオをするのと同時に見えたペルソナは、まぎれもない"力"だ。一瞬この世界が見せる幻かとも思ったけど、それにしては力をこんなにも間近に感じる。…本物だろう。
気配を消していない私に気づかずに三人はシャドウから目を反らさないでいる。シャドウは二体、戦っているのは鳴上一人。そこまで強いものではないだろうけど、苦戦をしているのか、ダウン状態になったシャドウを鳴上がゴルフクラブで殴り、一体は影になって消えた。
「鳴上…」
「そのシャドウ、弱点は雷――」
「ツクヨミ!」
花村が鳴上の名前をうわごとみたいに読んで、続いてクマがシャドウの弱点を鳴上に伝える。それに、まだ困惑しているらしい鳴上は少しだけ反応が遅れて、シャドウの攻撃を避けた。制服の裾が少しだけやぶける。それを見た瞬間、走りながら私はツクヨミの名前を呼んでいた。ハッとしたように、三人の視線が私に向く。それに構わずへたりこんだ花村とクマを飛び越えて、走りながら「ジオダイン!」と唱えれば、雷がシャドウを襲い、シャドウはそのまま消えてしまった。ダウン状態でまだ消えなかったらと思って飛んできたけど杞憂だったみたいで、安心して息をつく。
「うっ…チトセチャアアアアアン!」
「やっと見つけたと思ったら…」
いきなり泣きついてきたクマの頭をぽんぽんと撫でてやれば、びっくりしたような二つの視線。それに苦笑をして「なんでこんなところに居るの?」と尋ねると「こっちの台詞だっつの!」と花村が言った。そりゃそうか。
「つーか今の何、ペルソナっつったよな!?…あれ、どういう…つか、俺も出せたりすんのか!?おまえらなんなんだよ!?桐条もなんでここに!?つかさっきの雷なんだよあれ」
「落ち着け、ヨースケ。チトセチャンとセンセイが困ってらっしゃるクマ!」
「セ、センセイ…?」
うんうんうなづくクマは、私に抱き着いたままちらりと未だに困惑しているらしい鳴上を見て、ふんと胸を張る。センセイという発言に、花村の目が点になった。
「いやはや、センセイはすごいクマね!クマはまったくもって感動した!こんなすごい力を隠してたなんて…シャドウがおびえてたのもわかるクマ!もしかして、この世界に入ってこれたのも、センセイの力クマか?」
今度はキラキラしたような瞳で問うクマに、鳴上が静かにうなづけば、ますますクマの目はキラキラと輝きだした。
…鳴上の力で、この世界に入ってきた…?ペルソナの覚醒はついさっきしたみたいだから、もともとの素質は、やっぱりあったっていうことなんだろうか。私に分かるくらいに、顕著に。風花ちゃんならもっとはっきりわかっただろうけど…。
「ふむー!やっぱりそうクマか!こら、スゴイクマねー!な、ヨースケもそう思うだろ?」
私に抱きついていたクマは、花村の肩にぽんと手を置くとふんと胸を張った。それに花村が半眼になって「「何、急に俺だけタメ口になってんだ。チョーシ乗んなっ!」とクマの頭をぽかんと殴る。そんなに強い力じゃなかったのかクマは倒れずに、その場でしゅんと下を向いてしまっただけだったけど。
「はい…」
「ま、まあでも、おまえのバックアップもなかなかだったけどな。ちょっとだけ見直したぞ、クマ」
屈託なくにかりと笑う花村に、クマはぱあっと表情を明るくした。着ぐるみなんだから表情なんていうのはおかしいけど、まさにぱあっと明るくなった。表情が。
それを見ながら小さく笑えば、クマ以外の二人の視線が私に向いたのがわかった。それに首をかしげて「なに?」と言えば、花村が「イヤイヤイヤ?!」と手を大げさに顔の前で振った。
「おまえなんでこんなところに居るんだよ。それにペルソナまで」
「えーっと…私、元々ペルソナ使ってたから」
どこまで詳しく話せばいいか分からないし、それに今詳しい話はしなくてもいいだろうと思ってそれだけを言えば、花村は「まじかよ…」とどこかあきれたように言って、鳴上は不思議そうに私を見ていた。自分にいきなり生まれた力に戸惑ってるのかもしれない…いやまあ当たり前か普通こんなありえない力使えたら戸惑うわ。
「…桐条は、どうしてここに?」
「…え?」
聞かれて、思わず言いよどむ。小西先輩の、手がかりを探しに。私の自己満足でしかないけど、それでも何かせずにはいられなかった。助けられたはずなのに、なんて今更思ったって仕方ないのも分かってるけど。でも。
「俺ら、小西先輩がどうして死ななきゃいけなかったのか調べに来たんだ」
「…小西先輩?」
「マヨナカテレビに先輩が映った。てことは、ここでなんかあったってことだろ…」
苦しそうに言う花村に、ぐっと私は自分の言葉を飲み込んだ。私と同じ理由で、彼らはここへ来たのか。
「…私も同じ理由。先輩がここに入ってきたとき、私テレビの中に居たのに…気づけなかった。先輩のところに、行けなかったから」
小さな声でそれだけ言えば、花村と鳴上が驚いたように私を見た。クマが何かを察したのか私の背中をぽんとたたく。
「しょうがないクマ。チトセチャンのいた場所は、この中とは少し違うから気配は分かりづらいクマ」
「ありがと、クマ」
なでなでとクマの頭を撫でて、小西酒店へ視線をやる。原因があるとすれば、きっとここだろう。ぐっと棍を握って、二人をちらりと見る。
「私行くけど二人は?」
「行く」
「俺もそのために来たんだ!行くにきまってんだろ」
「クマも行くクマよ!」
この空間で、言葉が帰ってくる。昔の感覚をなんとなく思い出していくようなそれに私はすっと深呼吸をした。
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