「――う、――り条」

 私を呼ぶ声を体を揺らす感覚に、私はふと目をあけた。なにがあったんだっけ、っていうか何してたんだっけ。そう思ってゆっくり思考を巡らせていけば、ぐっと肩に力が入って、ずり落ちそうになっていた私の体がしっかりと座るような形になった。そこで意識がはっきりして、私を座らせるようにしたのが鳴上だと気づく。えーと……?目を開けた私を見て安心したのか鳴上は肩から力を抜いた。疑問に思いながらも視線を鳴上から別のところへ向けると、そこには花村とクマの姿が。よく見れば私が座り込んで鳴上に支えられるようにしているのは小西酒店の中で、そうだ、さっきまで戦っていた場所だった。けど、そうだ、戦っていた。花村のシャドウと戦ってたけど、私がペルソナを召喚してからの記憶が一切ない。倒れたっていうか、意識をなくしたんだろうか。

「……えっと」

 声を出せば、驚くくらい声が出なかった。かすれてて、いかにもつらいですみたいな自分の声に自分で驚く。けど、さっきのシャドウは?戦いは?まあ花村が無事なことを見てもシャドウはなんとかなったんだろうし……状況のつかめてない今だけど少し意識すれば花村の中にあのシャドウも戻ったこともなんとなくわかるけど。

「花村……ペルソナ身についてる……」
「いやそれどころじゃねーだろ!大丈夫か?桐条」
「あたまおもい」

 かすれたままの声で言うと、花村が「だろうな」とため息をついた。言われて改めて自分の状態を確認してみると、頭は重いし寒いし暑いし気持ち悪いしで、タルタロスの中で時々なっていた気力切れともまた違うような状態だ。動くと気持ち悪くなりそうで「うー」とか言いながらなんとか立ち上がろうとしたら、私を支えていた鳴上が手を引いてまた私を座らせる。

「朝から熱があったんじゃないか?」
「朝、は、よくわかんない」

 普通に元気だった。いや元気というのもちょっと違うけど、少なくとも今よりかはずっと動けていたし思考もまわっていたと思う。……夜中に雨に濡れて帰ってきたからそれのせいなのかもしれない、とちらりと思ったけど考えないことにした。……だって、結局私は小西先輩のこと助けられなかった。ただ何かあるかもしれないと思ってここへ走ってきて、しかも何かあるどころか熱で倒れて鳴上に介抱されている。

「桐条、背負うよ。とにかくここから出よう」
「……い、いや、まって、歩けるよ、さすがに背負われるのは、ちょっと、体重が」

 会って間もない男の子に背負ってもらうというのはさすがの私でもハードルが高くてお断りしようと立ち上がりかけたら、足に力が入らなくてそのまままた座り込んでしまった。うー、と唸る私を見た鳴上が「朝声をかけておけばよかった」と苦笑をしたのが見えたけど、それも一瞬で私は鳴上と花村の手により鳴上の背中へ強制的におぶられ、何か私が言う前に鳴上たちは歩き出す。いやいやちょっと待って重いって私言ったような気がするんだけどちょっと鳴上おちついてねえ!!と叫びたいけど気持ち悪いのと頭が痛いのでそれも声に出せずに終わる。

「帰ろう」
「こっちクマ!チトセチャンが入ってきたほうが近いけど……あっちは行かないほうがいいと思うクマ」

 クマはそう言うと、鳴上たちを先導して歩き出す。あっちにはいかない方がいい、か。確かにここら辺にいるシャドウよりか手ごわいのもいるし、あそこは……少し、この商店街とは違う空気がある変な場所な気もする。安易に入って何かあっても今の状態だとフォローもできないだろうし。そこまでクマが考えていたのかはわからないものの、心の中でお礼を言って私は目を閉じる。戦ったばっかりなのにしっかりした足取りで鳴上が歩いていることに感動しながら小さくため息をついた。



 しばらく歩いた先、小さなテレビがいくつかつまれている、まるでテレビの撮影セットのような場所に出た。シャドウの気配もないし、安全な場所のようで、ここがテレビの中と外をつなぐ場所なんだろうと思う。さすがにここまで来て背負われているわけにもいかないと思って鳴上の背中からおりようとしたけど、それを鳴上が許してくれず、結局テレビをくぐるときだけは一人だったけど、外に出たらまた背負われてしまった。テレビの外はどうもジュネスの家電売り場のようで、幸いにも人はいなくてテレビから出てくるところは見られなかったけど。これ、出入り気を付けないと絶対危ないよなあ。

「桐条、家は?送るよ」
「い、いや、さすがに、申し訳な」
「おまえひとり暮らしだろ?その状態で帰って大丈夫かよ?」

 余計なことを言った花村に、鳴上が「え?」と声を出す。まだ背負われたままの私は、鳴上の背中のうえでなすすべなくそのままだ。

「この状態で一人は」
「だ、だいじょうぶ、だって。何かあれば姉さんに連絡したら、その、なんとかしてくれるし」
「いやでもおまえの姉貴って都会じゃ」
「元気になったら花村の……潰す」
「なんで俺!?」

 さすがにここに来て1年が経っててなおかつ仲が良ければ家族構成と私が独り暮らしなんていうのは把握されていて当たり前だ。けど、今までだって風邪ひいた時も一人でいたんだし、今更なんの問題もないわけで。

「今までも体調悪い時一人だったし、大丈夫だよ。それに背負ってもらって、だいぶよくなったから歩いて帰」
「送るよ」
「……い、いや、でも」

 送ると言ってくれている鳴上が、出会って数日の私を心配してくれているのは痛いほどにわかるし、花村のなんだかんだ言って心配してくれているのもわかる。わかるけど。

「朝、熱があるんじゃないかと思ったのに、声かけなかったから。そのお詫びも兼ねて送らせてほしい」
「……」

 さすがに言葉が出なかった。それは鳴上のせいじゃないし、ましてやお詫びなんて受け取るべきことでもない。「桐条の家なら俺わかるぜ」と、家の場所を教えないなら俺もついて行くと言わんばかりの言葉に私は小さく息をはいた。二人に、甘えてもいいんだろうか。甘えたほうが、いいんだろう。

「……ごめん、お願いする」
「じゃ案内は俺がするわ」

 結局花村も行く気だったのか、という言葉は飲み込んで、歩き出した二人を見てから私はおとなしく目を閉じることにした。誰かに背負われるなんて、いつぶりだろう。最後に私を背負ってくれたのは、ああ、そうだ、湊だったっけ。タルタロスで足を怪我して、あの時怪我した私以外だれも回復できる人がいなくって、私も気力なくってペルソナを使える状態じゃなかった。歩けるって言った私をエントランスまで背負ってくれたのは湊だった。アキさんもいたし、指示が出しにくいだろうからってアキさん言ってくれたけど、湊が背負ってくれたんだっけ。懐かしいな、なんて思うくらい前のことなんだと思って、少し苦笑した。懐かしいなんて思えるようになったんだな、なんてどこか他人ごとみたいに思って。

「なさけないなあ」

 懐かしいと思うことが寂しいなんて思ってたら、ここに送り出してくれたみんなに合せる顔がない。小さくつぶやいた私の声はきっと鳴上には届いていたのだろうけど、鳴上は聞かないふりをしてくれたのか、特に何か言うわけでもなく私の家への道を歩いていた。

戻る