結局、鳴上悠という人間は、優しすぎるのだと思う。自分のことじゃなくて私のことを考えて、自分の気持ちを優先させないとか、私のために、と言って、今みたいに、この1年みたいに、距離を置こうって言ってくれるところとか。
「はあーー」
学校近くにあるお店で新作フラペチーノなんてしゃれたものを飲みながら、私は大きくため息をついた。どうして悠と距離を置くことになったのか、という原因である私の警察官採用試験も無事に終わったし合格通知も受け取ったしあとは短大を卒業するだけ、にはなっている。勉強の邪魔になるだろうから、というのが一番の理由でもあったのかもしれないし、私も悠の勉強の邪魔はしたくなかった。お互いがお互いのことを気にしすぎての今の結果で、もし次に会った時にお互いの気持ちが離れてなかったら、また最初からはじめようって言って距離を置くことになったわけで。でも、次に会うって、いつの話だ。私は合格通知を貰ってもはや暇人、同じ大学の陽介も無事に卒業できそうで同じく暇人。そしてその陽介は頻繁に悠とは会っているようだけど、私が悠について聞くことなんてほとんどない。
「すごい……すごい未練だ私……」
また大きくため息をついて、フラペチーノを一口飲んだ。かなり寒いのにフラペチーノなんて頼むんじゃなかったかもしれないけど、店内で飲む分にはあったかくて、喉の奥を通っていく冷たい感触が少しだけ気持ちいい。この飲み込まれていく感覚と一緒にこの未練みたいなものも全部飲み込んでしまえばいいのに私。
離れたから気持ちも離れるっていうのはよく聞くけど、まさか私のようにもっと悠を好きになるとは思ってもみなかった。あっという間だったようなそうでもなかったようなこの1年は、悠にとってはどうだったんだろうか。陽介が時々「こないだ悠に会ったぜ」というようなことを言ってくれるけど、どう返していいのかわからずに私はいつも「そうなんだ」で終わっていたわけだけど。
離れて1年経った今でも、私は悠のことが好きなんだと思う。気合をいれるためにって距離を置いてすぐに私は髪をショートに切って色も湊と同じ色に戻したけど大変まわりから不評でまた色だけは元に戻したことがあった。まあ、その髪も高校の時より少しだけ長いくらいまで伸びてしまったけど。気合いれなおすためにもう一回切るかなあ、なんて思って、あいた手で毛先をいじる。いやでもショートにしたとき、陽介とかはともかく美鶴姉さんとか、ゆかりちゃんとか、そっちの反応があまりにもひどくて、というか、心配をかけてしまったから、もうあんな急に切らないほうがいいのかもしれない。前に髪を切ったのは、湊が死んだ時だった。高校に入ってから伸ばし始めて、中学の頃ほど長くはないけどそれなりに伸ばしてた髪を切ったからみんなの反応もまあ、心配になるのは致し方ないとは思うんだけど。
「……会いたいのかな」
手持無沙汰になって、暇を持て余している私が、私のわがままで悠に会いに行くことはできない。悠はまだ勉強中だし、私と同じで警察官になるために勉強をしている。法学部に通ってる悠だって勉強が大変で、そのために距離を置いたのもあるのにそうホイホイ会いたいなんて考えたらだめだ。悠の卒業までって考えたらあと2年だけど……2年かあ。まあ私は1年くらいはたぶんバタバタしてるし、警察学校も全寮制だって言ってたから何か月かは自由に行動できなくなるんだろうけど。って、そういえば千枝も警察の試験受かったって言ってたなあ。一緒に頑張ろうねってこの間連絡したばっかりだ。……ど、堂島さんの部下になるのか千枝……い、いいな……。って、考えてること脱線した。
「お、ちとせ?こんなところで何してるんだよ」
「ん?あー中原ー」
自分のあまりの未練とその他いろいろなものに頭を抱えていたら、後ろからポンと肩をたたかれる。そこにいたのは同じく警察の試験を受けた中原という同級生で、春からは一緒に仲良く警察学校に入ることになっている。誰とでも仲良くなれる明るいタイプの同級生で、陽介を抜くと次によく話す人間かもしれない。……って考えたら私陽介とばっかりいたな……そりゃ付き合ってるの?とか言われるわけだ。陽介が全力で否定してたけども。
「いや、今日はもうやることないからこれから何しようかなって休憩してた」
「へえ。俺も今日全部終わったからちょっとコーヒーでも飲もうかと思って」
そう言って中原は私の横へ腰かけると、ホットコーヒーをテーブルの上へ置く。それから私の飲んでいるフラペチーノを見て、ぞっとしたように腕をさすった。
「さ、さむっ」
「美味しいよ!寒いけど」
飲んでいない中原が寒そうに持ってきたコーヒーを飲んで一息つく。あーあったかいのいいな、帰りにコンビニでも寄ってあったかい飲み物でも買って帰るべきだろうか。って、もう暇を持て余してる私は帰ること前提で考えてるけど。まあ今は桐条の家にいるから帰ったら帰ったでやることはあるんだけど……。いや、最近はシャドウワーカーのほうも落ち着いてるっぽいし、姉さんもアイギスも私にあんまり仕事回してこなくなったからやることは家に帰ってもないような気はする。
「はー、ビール飲みてえ」
「コーヒー飲みながら言う台詞じゃないよね」
「これから飲みにいかね?いつものとこ」
中原からの誘いを断る理由はないけど、二人でだろうか。いや、まあ相手中原だしなんか変なことがあるとは思わないけど。っていうか中原と私だしな!ロマンスも何も始まらない気しかしないけど!
「あんま遅くならなかったら大丈夫かな」
ロマンスもなにも始まる予感も気もないけど、一応保険はかけてみると、中原は「おう!」と愛想よく笑って、あついであろうコーヒーを慌てて飲んだ。
「な!頼む!もう一件らけ!」
「中原酔っ払いすぎだって!タクシー拾うから帰って寝なって」
「や、白河通りにさ、いい店あってえ」
数時間後、べろんべろんに酔っぱらった中原とほろ酔いだったものの完全に酔いが吹き飛んだ私が大通りでそんなやりとりをしていた。そういやこいつ酒癖悪かったんだ!と思ったのは後の祭りで、いつもなら最低でも四人くらいで飲んでたからそんなに気にしたことなかったけど、陽介なんかはよくもう一件!に付き合わされていたのを思い出した。っていうか白河通りっていい思い出一つもないところだし!いまだに健在なラブホテル街だし!行く訳がない!中原も呂律が回ってないからこれ明日おきた時に記憶があるのかわからないところだ。
調子よく私の腕を引こうとする中原を無視して、とりあえず道にとまっているタクシーを捕まえて中原の家の住所を言う。千鳥足の中原を先にタクシーに詰め込むと、中原がさっきとは比べられないくらい力強く私の腕を引いて、思わずバランスを崩してタクシーの屋根に手をついた。引っ張り込まれそうになった、というかたぶん中原は引っ張り込もうとしたんだろうけど、あ、あぶない、良かった、私の反射神経まだ残ってた。ありがとうタルタロス、ありがとうテレビの中!なんて嫌な意味でドキドキする胸を押さえて一歩引く。
「中原、明日朝から授業って言ってたよね?二日酔いなる前に寝たほうがいいよ」
「ちとせ、ホテル、いこ……ぜえ……」
「いやいや無理無理」
いい店じゃなくてもうホテルって言ってる中原!若干引きながらも手を離そうとするけど、中原は思い切り私の腕をつかんでいるのか全然離れてくれる気はないらしい。運転手さんが「大丈夫ですか……?」と控えめに声をかけてくれるのに謝りながら、もう一度中原に向き直ってなんとか手をほどこうとするけど、片方がとれたと思ったら今度はもうひとつの手で私の二の腕をつかむ。
「中原、ちょっと、いい加減離して――」
顎殴ったら落ちないかな……なんて若干物騒なことを思って、とりあえず手首に一回攻撃して緩んだすきに逃げようと思ったら、不意に後ろから肩を引き寄せられて、そのついでといわんばかりに大きな手が私の腕をつかんでいた中原の手を簡単に解いてみせた。え、と思って顔を確認しようとしたら、タクシーのドアがしまって、運転手さんがぺこりとお辞儀をするとタクシーが出発。一連の流れがあまりにもスマートで一瞬何が起きたのかわからなかったんだけど、自分が誰かに肩を抱かれていて、だけど中原をタクシーに詰め込む手伝いをしてくれたことを思い出した。誰だ、と思って顔を上げようとしたら、私が私の肩を引き寄せている人物を確認するまえに、そばにいたのであろう男の人の「おい悠?どうしたんだ?」という声に私が固まった。悠、と声をかけたのはあきらかに私のいるほうに向かってだった。数人立ち止まってこっちを見ている気配がしているけど、私は悠なんていう名前じゃないし。じゃあ、誰に声をかけたんだろう。
そこまで考えて、私は自分の感覚が急に鋭くなったような気分になった。私の肩を引き寄せている手のひらだとか、肩が密着してるであろう体だとか、中原の手をほどいた大きな手だとか。急に血液が頭にめぐってきたようなそれに、私は思わず息をつめる。いや、いやいや。こんな、広い街でまさか。
「え、誰その子、もしかして彼女?」
「えー!鳴上くん彼女いたの!?」
誰か、の影に隠れていた私の姿が見えたのか、次々に浴びせられる言葉に私はやっと、ゆっくりと顔をあげることができた。そこにあったのは、まぎれもない、鳴上悠の顔で。少しだけ驚いたような、だけどどこか怒っているような、焦っているようなその表情に、ぎゅっと心臓をつかまれた気分になった。
「ゆ、悠……?」
引き寄せられたままの肩とか、間近にある悠の顔とか、悠の顔を見た途端に口から飛び出しそうになってる心臓とか、いろんなものを隠すように一歩後ずさろうとしたら、悠がハッとしたように私の肩から手を離す。だけど、その離れた手は私の手を柔らかく握った。久しぶりに感じた悠の体温に、それこそ情けなくも泣きそうになって、だけど泣かないように唇をむすんだ。
「悠、その子は……?」
「ごめん、二次会はやめておく」
「え?ああ、まあ、俺らはいいけど」
二次会?ちらりと悠に声をかけた人たちを見ると、大学の友達なのか、男女数人のグループ。悠が二次会に行かない、と言った瞬間にあからさまに残念そうな顔をした数人の女の子を見て、それから自分が悠と手をつないでいることを思い出して「ゆ、ゆう」と情けないくらいひっくり返った声を出していた。握られた手を握り返すこともできない私をどう思っているのか、悠はちらりと私を見て、それから友達を見ると「また」と言って私の手を引いて歩き出す。方向は私の帰り道の方向だった。
しばらく二人無言で歩いて、何か会話をしなくちゃと思って私が口を開きかけたら、悠はぴたりと歩くのを止めた。大きな公園の前、夜の10時でも人通りが多くて比較的明るいところだ。
「……さっきのは?」
「あ、え、と、友達……。飲みすぎて、ちょっとよくわかんないこと言ってたけど!」
あはは、と乾いた笑いを浮かべれば、悠は少しだけほっとしたように私の手を握りなおす。なんだかそれだけの行動にいちいち心臓が反応して、握り返せない手を私はじっと見つめた。
なんであそこで助けてくれたんだろう。どうして手を引いてくれてるんだろう。どうして、今、ほっとしたような表情をしてくれたんだろう。今日考えていたことが淡い期待になって胸にひろがるけど、その考えを振り払うように私は首を横に振った。
「悠、あの、ありがとう、中原の手、解いてくれて。その、すごく助かった」
「いや……」
それからお互いに顔を見ないまま、隣同士で沈黙が落ちる。何を話せばいいのかさっぱりわからない。頭の中が真っ白になってるし、会いたいと思ってたはずなのにいざ会ってしまうともはやどこから話せばいいのかわからなくなっている。1年って、こんな、人間を話せなくする期間になるのか。ひとつ今学習した。
「……髪」
「え?」
「切ったんだな」
相変わらず合わない視線で会話をしているものの、何を話せばいいのかわからないのは悠も同じなのか、つないだ手をほどくこともせずに悠はそれだけを言う。そっか、当たり前だけど髪切ってから一回も会ってないんだっけ。
「あ、うん。気合いれようと思って!これでも伸びたんだけどね」
「そうなのか」
「うん。でもおかげさまで、私、春から警察学校だよ」
少し笑って言うと、悠が私に視線をやったのがわかった。ひかれるように私も悠を見上げたら、ばっちり視線が合う。驚くでもなく、悠は優しい目をして私を見ていて、それから本当に、本当にとろけそうなくらい優しい声で「おめでとう」と一言言ってくれた。それだけなのに胸の奥がぎゅうとなって、泣きそうになって、私はうつむく。なんでこんな場面で泣きそうになってるんだ自分。悠はただおめでとうって言ってくれた、だけだ。
「ありがとう」
なんとかそれだけを言えば、悠はふっと優しく笑って、繋いだ手を持ち上げて私の目の前へ持ってくる。思わずそれを視線で追いかければ、悠とつないだ手が目に入った。
「俺の手は、ほどかないでいいのか?」
言われて、かっと頬に熱がのぼる。握り返していいものかというのは悩んでいたけど、ほどくとかいう選択肢は全くなかったと言ってもいい。何かを確認するような視線と、言葉と、だけどどこまでも優しいその表情に、私は思わず悠の手を握って、それをまた自分の横へと降ろしていた。
「ほ、ほどかなくていい」
その言葉に、悠はさっきよりもずっとやさしい目で私を見て、それから公園を見ると「少し話そう」と私を公園へと引っ張って入り、大通りに面しているベンチへと腰かけた。つないだままの手は、そのままだ。手をつないでいるせいでかなり近くに座ってしまっていることに一瞬動揺して、だけどバレないように小さく息を吐く。前はこれくらいの距離普通だったんだし、今更……動揺することはない、と、思う……けど、いや、1年ぶりに見た悠がイケメンに磨きがかかってる気がしてならないんだけど……。高校生かよっていうくらい私心臓ばくばくしてるんだけど……。それに今の私と悠って、なんなんだろう。明確に別れたわけじゃなくて、けど付き合っているわけでもなくて。気持ちが残ってたら、なんて、私には悠への気持ちはあるけど、じゃあ悠は、という話になる。けど、つながれた手を見て、それからさっきの悠の優しい目を思い出すと、どうしても心臓がうるさくなるのは仕方がないと思うのだけど。
「離れてる間のほうが、そばにいるときよりちとせのこと考えてた気がする」
しばらく二人で無言で座ったままだったけど、先に話を切り出したのは悠だった。ゆっくり話し出すそれに視線を悠へと向けると、悠は私の視線に気づいてか、私のほうを見て少しだけ眉を下げて笑う。
「陽介に会うと大体ちとせのこと教えてくれてたから余計かもしれないけど」
「……陽介、私にも悠に会ったとか、そういうの教えてくれてたよ」
私だって悠のこと考えてた。そう思うけど、それを言葉に出してもいいのか少しだけ悩む。会いに行きたいと思ってたけど、本当に私があのまま放っておいて会いに行ったかどうかは、自分でもわからなかった。だけど悠が今嘘を言っているようでも、ごまかして話をしていいようにも見えないから、少し呼吸を置いてから、私は悠から視線をずらして足元を見た。
「私も悠のこと考える時間、増えてたかも。けど言葉には、あんまり出したことなかったかな」
「陽介が、心配してくれてた」
「知ってる」
おまえいつ悠と会うんだ、って何度聞かれたかわからなかった。好きなのに距離おくとか意味わかんねーよ!って一生懸命怒ってくれたのも陽介だ。一番私と悠の間でやきもきしたのはたぶん陽介に違いないと思うし一番板挟みできつかったのもたぶん陽介だろう。
「悠はあと2年大学だよね。勉強大変?」
「まあ、それなりに……ああ、でも、早期卒業できそうなんだ」
「え」
早期卒業ってことは飛び級ってことだろうか。そう思って話を聞けばどうやらそうらしく、3年間で大学を卒業できるのだと言う。どんだけ頭いいんだろうこの人……。そう思って、それが顔に出ていたのか、悠は少しはにかんだように笑うと「早く会いたかったし」と言ってのけた。早くあいたかったし。誰に?……私に?そこまで考えて、また心臓を鷲掴みにされたような感覚になって息をつめる。それもやっぱり顔に出てたのか、悠はやさしく笑っただけだった。
なんだかそれが妙にくすぐったくて、居心地が悪くて、握っていた手から力を抜く。そのまま立ち上がったけど手は離れなくて、離せなくて、つながったままの手が私と悠の間に所在なさげにぶらさがっていた。
「じゃ、じゃあ悠あと一年頑張らないとなんだね。中原のことほんとにありがとうね」
このままここにいたら、悠の優しさに甘えてしまいそうになる気がした。たぶん、私の自意識過剰でもなんでもなく、言葉がなくても態度や視線でなんとなく悠の気持ちもわかってしまったし、私の気持ちだって悠はわかってるだろうと思う。だからこうやっていてくれるんだろう。
だけどそれじゃだめだ。なんのために離れてくれたのかわからない。けど、もし次に会った時。その言葉がさっきからずっと頭の中をまわっているのも確かだった。けど、今じゃない。せめて悠が卒業するまで、悠の勉強の邪魔はしたくないから。
「悠、もう遅いし」
「ちとせ」
低い声に名前を呼ばれて、言葉が出なくなる。ただ優しく呼ばれただけだ、それだけなのになにも次の言葉が出てこなかった。悠の視線がひどく愛おしそうに、いつくしむように私を見てたからなのか、声が少しだけ寂しそうだったからなのかは、わからないけど。
「距離を置く前に言ったこと、覚えてる?」
「……お、おぼえてる。けど、悠、まだ卒業じゃないし私」
「ちとせ、好きだよ」
なんの飾りもないその言葉に、思わず指先に力が入る。ゆるく握ってしまった悠の手、指先がひどく冷えているような気がした。
「ゆ、ゆう」
「俺はちとせが好きだよ。……ちとせは?」
私を見上げながらそう聞いてくる悠に、ずるい聞き方だと心底思う。わかって聞いているのであろうそれに、だけど嫌な気分がしないのは結局私もこの人のことが好きでしょうがないからなんだろう。私のわがままで距離を置いてくれたのに、こうして好きでいてくれるなんて奇跡みたいだと思った。私のわがままで距離をおいたのに、まだ悠のことを好きでしかたがないなんて、なんて私はわがままで、最低な女なんだろうと思った。しばらく言葉が出てこなかったけど、それでも悠は私がしゃべるのをじっと待っているようで、その視線は私にだけ向いている。
「私」
「うん」
「……悠、ごめん、わがままでごめんね」
「うん」
「悠のこと、好き。……ずっと、考えてた。たぶん、悠と同じくらい」
ゆるく握っていた手をもう少しだけ強く握れば、悠が嬉しそうに、安心したように笑って、それから私と繋いでいた手を引き寄せる。抵抗するでもなく引き寄せられるままになっていたら、悠の腕の中にぽすんと落ちた。座っている悠の膝の上に半分乗っているような形で抱きしめられて、悠は私の肩口に顔をうめると大きなため息をつく。不安を全部吐き出すようなそれに、珍しいものを見ている気分になって、私は繋いでいないほうの手で悠の頭をなでていた。
「ご、ごめん、悠、あの」
「うん、俺もごめん。ずるい聞き方した」
「いや、それはわかってるしべつに、あの、いいんだけど」
「……いいのか?」
「ゆ、悠こそ私さいていな女なのになんで」
「最低じゃないってわかってるし、そのことできっとすごく悩んでたんだろうし、そういうところも含めて、俺はちとせが好きだから」
耳元で低い声がして、言われたことに胸をうたれる。このイケメンはいったいどこまで人間ができているんだろう。そして自分がどれだけ最低なんだろう。撫でていた手をそのまま悠にだきつくように背中へもっていけば、つないでいた手がほどかれて、悠が私の背中に腕を回した。肩口に埋まった顔はそのままで、くすくすと小さく笑う。こんなに近くで悠の体温を感じて、悠の声が聞こえて、こうして抱きしめられている。なんだか夢をみているみたいで、私は小さく息をすった。悠のにおいがする。懐かしいような、泣きたいような、そんな気持ちにさせられる。
「ちとせのにおいがする」
「ゆ、悠、そろそろ放してもらったほうがいいような気がしてきた」
私が考えていたことと同じことを言った悠に思わずうろたえてしまう。そしてよく考えたらここは外で、夜にしろ人通りは少なくないのだ。知っている人が見ているわけじゃないし公園のこの時間だから多少いちゃいちゃしているカップルはいると思うけどそれでも急に恥ずかしくなってきた。
「ちとせ」
「うん?」
「俺とまた、一緒にいてほしい。……だめかな」
またずるい聞き方をしてくる悠に、私は思わず口元をゆるめていた。だめじゃないよ、と小さく言うと、悠は私の背中に回していた腕を私の頭のところへ持ってきて、くしゃりと優しく私の頭をなでる。肩口から顔をあげた悠と視線があって、自然とお互いに目を閉じていた。
戻る.