「よっ、と」
町が一望できる公園のフェンスの上で立ち上がって、私は大きく伸びをした。辰巳ポートも海の上にある分それなりに綺麗な空気だとは思ってたけど、やっぱり田舎っていうのは空気の質がまるで違う。新鮮っていうか、気持ちいい。
湊がいなくなってからだいぶ経った。私は高校生になって、月光館に入学。だけど湊の面影を見るたびに辛気臭くなっていく私を見た美鶴姉さんやアキさんが心配をして、私を月光館から遠く離れた学校へ行くことを提案してくれたのだ。ちょうど桐条の別荘もあるし、会いにいけない距離じゃない場所。確かに湊と同じ学校に行くのは面影を探してしまうからまだ少し辛いということで私はその提案に快く応じて桐条の別荘とやらで一人暮らしをすることにした。
一年の二学期の途中からっていうなんとも中途半端な時期に転校してきた私をものめずらしそうに見る目はどこか落ち着かなくて、新鮮な気がしたものだ。けどまだ転校して三日と経っていない。話しかけてくる人たちはもちろんいるけど、友達ができたかと問われれば否と答えるほかないだろう。
「にしても、田舎だなあ」
中学入ってすぐからずっと美鶴姉さんたちと一緒にいたし、小学校も私は月光館の寮に入っててそういえば辰巳ポートから離れたことはなかった気がする。両親が居たころはどこかに連れて行ってもらってたんだろうけど、生憎と記憶には全くといっていいほど残ってはいなかった。
だから田舎なんて来た事なかったけど、なるほど確かになんにもない。あるといえば商店街と…最近できたっているなんだっけ、ジュネス?っていうところだけだ。あとは田んぼとか、畑とか。なんとものどかな光景に私はフェンスの上にのぼったままため息をついて空を見上げた。
「…大丈夫、見ててね」
笑って、また大きく伸びをする。そこでやっと下を見てみれば、そこは結構な傾斜面になっていることに気付く。ああ、なるほどそれでフェンスなんてしてあったのか。かなり高いけどもともと高いところは嫌いじゃないし、運動神経はまだ切れていないようだからバランスを崩すなんていう概念は頭にまったくなかった。伸びをした格好から前屈姿勢になって、下をのぞいてみる。かなり高いけど、死ぬ高さじゃないか。あ、そういえば今日課題出てたっけ、町の探索もしたかったけど、今日はとりあえず帰って――。
「千枝!?」
「ちょ、そこ早まるなぁあっ!」
「待てって里中!」
「え?」
フェンスから降りようと思って足を浮かせたら、いきなり背後から聞こえた何かが倒れるような音と誰かの叫び声。驚いて後ろを振り向けば、そこにいたのは同じ制服をきた女の子二人と男の子一人。あ、顔見たことある。同じ学校の子、だっけ?
「ちょ、ちょっと早まっちゃ駄目だからね!?」
「はい?」
「里中の言う通りだって、いいから降りてこい!」
「いや、」
「そこ、のぼるところじゃないから降りよう、ね?」
三人が三人ともあせったような顔で私をなだめるように言う。私は首をかしげて、少しだけ眉間に皺をよせた。なんだろうこの人たち。黒髪の女の子に、ジャージを腰に巻いた女の子。ヘッドホンを首からさげた男の子。見たことあるから多分同じクラスの人たちなんだろうけど、なんでそんなにあわててるのか。
そこで、私は自分の状況を考えて納得した。そういえばフェンスに上ってたっけか。そりゃハタから見たら自殺する寸前の人間に見えなくもない。
「あー…ごめん、なさい?」
「いいから早く降りろっての!あぶねーだろ」
「降りるからちょっとそこの男子目閉じててよ」
「へ?オレ?」
焦った表情から一転、きょとんと自分を指差して首をかしげたそれに私はうなづいてスカートを抑えた。一応私のほうが君らの頭より上にいるわけだから見えるだろう。そういう意味も込めて男子に視線を送ると、それに気付いたのかあわあわしたように男子は真っ赤になると後ろを向いて気をつけをする。それを女子生徒二人はじっとりとした目で見てたけど。
なんだかその様子がおかしくて小さく笑って、私はフェンスから三人のほうへ飛び降りた。それに目を見開いたのは女子二人で、運動神経いいんだね、やら色々と言われたけど聞き取れたのはそれくらいだ。
「えーと…景色よくてついのぼってただけ。ごめんね」
「景色よくてつい、であんなとこのぼるなっての。マジ自殺すんのかと思っただろ」
「ほんとだよ!あー、もう寿命縮まった…」
「無事でよかった」
ほっとした顔色を隠すこともなく言った三人に、もう一度私はごめんねと謝った。にしても自殺、ねえ。
「そんな顔してた?」
「してた。だっておまえ、転校初日からなんか死にそうな顔してるしよ…って、あ、オレお前と同じクラスの花村な、花村陽介」
「あ、あたし里中千枝ね。あたしも同じクラス」
「天城雪子です。桐条さん、私の後ろの席だよね」
あー、ああ、そういえばそうだったかも。天城さん、確かに後姿見たことあるかもしれない。名前をぜんぜん覚える気がなかったからクラスメイトの名前なんて一人も覚えてないし、顔だって対して覚えてるわけじゃなかったからぜんぜん気にしてなかった。
「ごめん、私まだぜんぜんみんなの顔とか名前覚えてなくて」
「いいっていいって、みんな最初そんなものでしょ?花村」
「んぁ?まあそうかもな、オレは覚えたけど」
「ああ、ない頭絞って?」
「そうそう…ってオイ」
いきなり目の前で漫才のようなことをはじめた二人を見て、私は思わず笑っていた。笑い声をもらしてはじめて自分が笑っていることに気付いて、すぐに口をおさえてうつむく。ごめん、と言えば花村のほうから「おお!」となぜか関心したような声があがった。
「笑ったとこ初めて見た…!なんだなんだ、死にそうな顔じゃなくてそーいうのクラスの奴らに見せてやればもうちっと近づきやすくなるんじゃねーの?」
「…もしかして近づきづらかった?」
「死にそうな顔してたもんねえ、桐条さん」
意識して暗くみせないようにしてたのに、はじめて会う人にまでそんな印象いだかせてたってことは姉さんたちには解ってたってことか。そりゃ田舎暮しもすすめられるに決まってる。二人がこくこくうなづくのを見て、私は苦笑を浮かべていた。
「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど明日から気をつける」
「環境に慣れてないのもあるんじゃないかな。仕方ないよ」
「そうそう、花村と違ってデリケートなんでしょ」
「里中サーン、オレの扱いひどくないですかー」
「や、どうせ花村だし」
また始まった口げんかのような漫才のようなものに、私はほっと息をはいて笑っていた。それを見た三人が、同じようにほっとしたのを見て申し訳なくなる。
そこから町の案内と称して、三人に町を案内してもらってその日の放課後は終わってしまったけど今まで忘れていたかもしれない久しぶりの気持ちに家に帰ってからも私は心地よさを感じていた。楽しい、なんて久しぶりに感じたかもしれない。
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