「うーん……」
麻薬取締部捜査企画課、と書かれたドアに入り、いる人に明るく挨拶をし、その先にある自分の新しいデスクを見て、私はひとつだけ唸った。
りせちゃんから「麻薬のパーティーに誘われた」と相談があったのは先週のことだった。
よくよく話を聞いてみると、そのパーティーに誘ってきたのは、今りせちゃんが主演で映画をとっている監督が懇意にしている別の監督だったらしく。たまたま撮影を見に来ていたその監督に声をかけられたらしい。
今までも何度か声はかけられていて、監督ということもあり次の仕事につながると思って、数人で食事に行ったりはしていたらしいのだけど楽しいパーティーがあるんだ、と声をかけられたのは初めてだったとのこと。よくよく話を聞いてみれば、どうも危ない薬のパーティーらしく、困ったりせちゃんは私に相談をしてきてくれたのだ。
もちろん私は警察官ではあるけど麻薬的なものは管轄外であったため、うちの課――シャドウワーカー支援課、表向きは特別捜査支援課と呼ばれている課の課長に相談してみると、どうもその監督が今私たちがシャドウ関連で調べている議員ともつながりがあるらしく。
「いい機会だし、マトリの人と一緒に捜査しておいで。俺がマトリには話を通しておくし」
とほんわか笑って言われたのはついこの間のことだった。うちの上司が四十歳オーバーのおじさんでなければ文句の一つや二つは言っていたかもしれない事案である。
まあ、そもそもりせちゃんから「捜査してくれるならちとせ先輩がいい!」という、なんとも可愛すぎるご指名をいただいてしまっているので、私が出ないわけにもいかないのだけど。
だからと言って、私のデスクまで移動させる必要はあったのだろうか?と、思わなくもないのだ。事件が解決するまでの間、しばらくはそっち中心に捜査しな、とはうちの課長のお達しである。
ただ、コネクションをいろいろなところと作っておくのは悪くないだとか、そういうのはおおいに納得できる。これから私が仕事をしていく上で、必ず必要になってくるものだって少なからずあるだろう。桐条、という名前だけで作れるコネクションにも限界はあるし、捜査をする上でほしいコネクションはこういう場所で作るしかないのだ。
万が一のこともあるし、情報収集も必要だ。だからりせちゃんの件でりせちゃんのそばにつくのは、その映画を撮影している間だけでいいとは言われた。もちろんスケジュールも把握済みだし、その時間以外はマトリで情報をまとめたり書類を作ったり、時間があれば自分の課の仕事を片づけることもできるだろう。大きなことはできないけど、パソコンの中に入っているものなら時間があるときにしてしまえばいいだけのことだし。
そう思いながら、新しいデスクに腰掛けてパソコンを立ち上げる。パソコンは自分のやつの予備を持ってきたけど、落ち着かなかった。なんていうか、フロアが明るすぎる。うちも暗いわけではないけど、基本的に私と課長しかフロアには詰めてないから、静かだし、書類だらけだし、ファイリングされてないファイルの山だらけだ。ここは片付きすぎてて、妙にそわそわしてしまう。
それに昨日の顔合わせの時も、業務説明の時も思ったけど、ホストクラブばりに顔のいい男性が多い。マトリに女性が少ないのはわかるけど、この捜査企画課には女の人は一人しかいない。その人は新人だっていうから私よりも昨日はばたばたしてたけども。よくこのイケメン展覧会みたいなところで暮らしていけるんだな……と思った。いや、まあ、私の好みは40オーバーのナイスなおじさんだから!イケメンに囲まれたところで特に何か思うわけでもないんだけど!
「おはよう、桐条」
「あ、おはようございます関さん!」
「ああ。慣れないことが多いだろうけど、わからないことがあったらなんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます!」
この課の課長である関さんという人は、かなり、いや、めちゃくちゃ優しい。そしてかっこいい。あと10歳上だったらもろに私のストライクゾーンだったので仕事がおぼつかなくなるところだったから本当に危ないところだったと思う。
関さんはさわやかに登場して、自分のデスクへついて仕事をしだした。他のイケメンたちもせわしなく仕事をしているので、私もりせちゃんの件をまとめたりするか、と思って、ふと思い出す。そういえば昨日関さんに言われてた資料できたんだった。
「関さん、昨日言われてたやつできました」
「え?」
驚いた表情をしたのは関さんではなく、えっとなんだっけこのイケメン。なんか季節がまざった名前の――そうだ、夏目春。夏目製薬の御曹司だったはず。この課に来るときに、私がボロを出さないように全員の性格とか把握しておきたくて、あらかた捜査企画課に所属してる人の下調べはしたから最低限の知識は入っているわけで。
「え、えっと……なんか間違ってましたっけ?」
「いや、早いなと思って。昨日の夕方から手つけてなかった?」
「あ、はい。おわりました!」
「見せてもらおうかな」
「はい、どうぞ!」
苦笑をする関さんにファイルを渡して、ざっと目を通してもらう。りせちゃんに関しての資料と、その監督の資料をまとめただけなのでたいした時間はかかってないからあの程度の時間があればこれくらいなら、まあ。できるけど。
目を通した関さんは、驚いたように「うん、完璧に仕上げてある」と小声で言った。あ、よ、よかった。どうやら合格がもらえたらしい。
「あの短時間でこんなに詳しく調べたのか?」
「あ、うちが持ってた情報もいくつかあります。それをまとめただけなのでそんなに時間がかからなくて」
なるほど、と関さんが言って、新しく仕事をもらう。あの情報はデータとしてみんなが見れるようにしておきますね、と付け加えて私は自分のデスクに戻った。今日は午後からはりせちゃんのところに顔みせで行くし、そのあとは付き人になりすまして撮影現場にいくことになってるから、それまでにいくつか終わらせていかないと。
「なんか、噂とは全然違うね」
「えっ、う、噂?」
デスクの近い夏目さんが、物珍しそうにそう言って私をじっと見る。面白そうに目の奥が光っている気がした。噂とはなんぞや。おそるおそる尋ねると、その質問の答えは夏目さんではなく、少し遠くの由井さんからかえってきた。
「いや、この間銀行強盗をひとりで検挙した子がゴリラ並みの腕力があるって」
「ご、ゴリラ!?」
「いや、腕力じゃなくって大きさじゃなかったか?」
「大きさ!?」
「確か犯人3人をまとめて投げ飛ばしたとか……」
「それはしてないから!」
「できないとは言わないのか……」
由井さん、青山さん、今大路さん、そして小声で突っ込みをいれた夏目さんに、少し考える。3人まとめて投げ飛ばす……。
「いや、できなくもないとは思うけどっ」
「やっぱゴリラなの?」
「違うから!」
くつくつ笑う夏目さんに、反射で言葉を返して私はぼすんと椅子に座る。「仕事してください!しごと!」と言って、手でしっしと追い払う動きをしてから私は関さんからもらった仕事を片づけるためにパソコンへ向かうことにした。――けど、ふと、さっきの怒涛のいじりを思い出して、小さく「さすがにゴリラ並みの大きさはないと思いたい……」といえば、遠くの関さんが面白そうに笑って、青山さんが「腕力を否定しろよ」とあきれたように言ったのが聞こえた。
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