学校にも慣れてきて、花村や千枝、雪子ともそれなりに仲良くなってクラスにも溶け込めてきたころそれは突然やってきた。
六時間目が雨の中マラソンってうちの学校どうなってるんだろう、そう思いながら疲れきって帰宅をしたら玄関に荷物がいくつも置いてあって私は家に入ってからぽかんとそれを見上げていた。桐条グループの印が印刷されているダンボールだから、きっと美鶴姉さんからの何かなんだろうけど…おかしい、私一応家の鍵かけてたはずだ。まあ桐条から直接持ってきたものなら鍵なんてあってないに等しいだろう。合鍵くらいあってもおかしくない。というか絶対にあると思う。
とりあえず鞄を部屋に置いて、もう一度玄関まで下りてからいくつも積み重なっているダンボールを見てどうするか考える。ざっと6箱、重さはまだわからないけどそれなりに重みはあるだろう。手紙も何もついてないけど、天下の桐条グループの印だ、おかしなものは入ってないだろうとは思うけども。一番上にあった意外に軽いダンボールをおろして、それをあけてみる。そうすれば、中に入っていたのは生活雑貨や服といったものだった。私の好みに合わせてあるのか、色合いは好きなものばかり。なんだかそれにどうしようもなくうれしくなってもうひとつ箱をあけてみたら、それは服ばかり入っていて、ついでに一番上に手紙らしきものが乗っていて戸惑いなくそれを明ければきれいな女の子らしい字が並んでいる。一瞬でそれがゆかりちゃんのものだと理解して読んでいけば、どうやら田舎には可愛い服がそんなにないだろうからという理由で日用雑貨やら服やら下着を送ってくれたらしい。お金は美鶴姉さんが店一つ買う勢いで出そうとしてたのをとめてくれたらしいから心配するなとも書いてあった。その下には美鶴姉さんと風花ちゃんからの手紙もあって、なんだか心があったかくなったような気がした。
そういえば、姉さんとアキさん以外のみんなには、みんなが高校卒業してから会ってないなあ。メールとか、電話とかはたまにするけどみんな忙しいから本当に、たまに、だけど。
そう考えると少しさみしくなって、ふっと頭に湊の顔が浮かぶ。だけどそれは首を振ることで頭から追い出して、とりあえずダンボールを部屋に運んで全て運び終わってからタンスにしまう作業にとりかかる。課題が出てたけど、明日の朝早起きして学校ですればいいだろう。そうすればきっと心優しい誰か、主に雪子とか雪子とか雪子が教えてくれたりしないだろうか。いや、しないだろうなあ。
「あ、これ絶対風花ちゃんセレクトだ」
ふわふわした可愛い服を手にとって、風花ちゃんを思い出す。女の子らしい服は、風花ちゃんが選んでくれたのだろう。ちょっと今時風なのはゆかりちゃん、シンプルなのは美鶴姉さん。私の趣味にも合うようなものばかり入ってるから三人とも苦労して見つけてくれたんだろう、想像したらうれしくて私は何枚か服を重ねてタンスの中にしまう。最低限のものしか持って来てなかったけど、それなりに自分の部屋っぽくなっていくのは楽しいし、こういう作業は嫌いじゃない。
五箱目のダンボールをあければ、一番上には像の立っているオルゴールのようなものが置いてあって私は首をかしげる。金色の長い髪で、白いドレスを着た女の人が立っているオルゴール。そこまで大きなものじゃないけど、それなりに存在感はあるそのオルゴールを手にとってからまじまじと私はその女の人を見つめて見覚えがあることに気付く。ああ、もしかしてこれ。
そこでそのオルゴールに付箋が貼ってあるのに気付いてそれを見てみれば、そこにはゆかりちゃんの字で"ツクヨミに似てるよね"と書いてあって苦笑をした。やっぱり、ツクヨミに見立ててくれてたのか。
影時間の中を走るのに、いつだって私と一緒に戦ってくれてたツクヨミ。影時間がなくなってしまってからその存在に会うことはなくなってしまったけど。
オルゴールを棚の上に立てて、ネジをまわして音を鳴らす。知らない曲だったけど、綺麗な音楽だ。
「なつかしい」
元気がないからって、きっと元気づけてくれるために送ってくれたんだろうそれはうれしくて、どこかさみしくなるような感覚がした。湊。ペルソナを思い出すと、どうしても湊のことも思い出してしまう。ああ、だめだ。前を向いて歩いていくと決めたんだ、湊に心配をかけてしまうから、前を向いていくと。ゆっくりと流れるオルゴールの曲はそのままに、私は作業を続けようと服の山の中に足をすすめる。けどちょうどすべる素材の服を踏んでしまい、踏み出した瞬間に私はテレビに向かって倒れてしまった。
やばいあほみたいに高いっぽいテレビが壊れる!そう思ったけど、いつまで立ってもテレビが倒れる音も私の顔面がテレビと抱擁をかわすこともなく。驚いて閉じていた目をあければ、そこは私の部屋――ではなく、見たことのある空間で。
長い、入り組んでいるであろう廊下、ところどころにある血だまり、窓から見える、薄緑色の、満月――。
一瞬夢かと思ったけど、それにしてはリアルなそれに息を飲む。血だまりに触れた私の手は、血の感覚をリアルに私の手に伝えてきた。…夢じゃ、ない?でも、そんなの。だって、ここは。
「タルタロス…」
間違うわけがない。何年も見ていたのだ、間違うわけがない。ここは、タルタロス、だ。
感じるのは、湊の封印を破ろうとしていたあのまがまがしい存在に似ているそれ。人間の、マイナスの感情。たまっていく、あふれていく、あふれている。
しばらくその場に座り込んだまま、私は唖然と浅い呼吸を繰り返していた。
「うそ…、だって、影時間はもう…」
なくなったのに。そのつぶやきは誰に聞こえるでもなく、タルタロスの中へ消えていってしまった。
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