風見さんと恋人のふりをすることになって二週間が経つ。二週間後にあるパーティーの招待状は届いているようで、仕事の合間に書類を持ってきた降谷さんが見せてくれた。なんで降谷さんが、と思わないこともなかったけどその招待状にはしっかりと風見さんの偽名らしきものが書いてあって、同伴者は一名、としてあった。
なるほどそういうやつか、と風見さんの偽名をしっかり覚えることにしたものの、裕也、という名前だけは漢字は違うものの響きは同じだったのでそっちで呼べば問題ないだろうという結論に。
「……!」
「何か気付いたことでもあるのか?」
「風見さんを裕也さん呼びするという事実に今喜びをかみしめました」
言った瞬間、降谷さんの目が据わった。うわ、こわい。真面目に仕事はこなしますから!と慌てて言えば「そういうことじゃ……」まで言った降谷さんは少し驚いたような表情をしてから、すぐに真顔になる。降谷零の顔だ。な、なんなんだろうさっきの顔は。
俺の部下に色目を使うな、的な?色目なんて使ったことないしなあ、ただ大好きオーラを全開にしてるだけっていうか!この、萌えというパッションはあふれることをとどめられないっていうか!
ぴらぴらと招待状を揺らしながら、降谷さんは周りを確認して、私の横にあるデスクへもたれかかる。私は座っているので完全に見下ろされる形だけど、降谷さんの視線はつうっと部屋を見回しているようだった。
ああ、もしかして。
「盗聴器とかそういう類のものはないですよ。アプリ関係も大丈夫です」
「どうしてそんなことが?」
「どこかの警察庁の公安さんがうちに盗聴器を仕掛けてくれて以来、桐条に頼んですぐに発見できるようにしてもらいましたから」
「へえ」
嫌味っぽく言えば、降谷さんはすっと目を細めて口角をあげた。う、ううう、その顔苦手なんだってば!挑発されてるような、なんか、煽られてるような感じがしてソワソワする。だけど視線を逸らしたら負けな気がしてそのまま降谷さんを見ていれば、少し肩の力を抜いて、そのデスクの椅子へと腰掛けた。
今、この部屋には私と降谷さんしかいない。
「君は何ヵ国語喋れるんだ?」
「え?」
急な質問に、首をかしげながら考える。何ヵ国語喋れるか、か。桐条に引き取られるとわかってからずっと外国語はしゃべるのは練習してたし、いろんな言葉を勉強したから何か国語喋れるのかと言われると困るけど。
「よく行く外国に旅行に行っても困らない程度の国の言葉は」
「充分だ。君は外国語の聞き取りをしてくれ。恋人のフリもだが……」
「ああ、大丈夫です」
聞き取りももちろんだけど恋人のふりはぬかりはない。っていうか個人的にそっちのほうがメインだし!なんていえば降谷さんには絶対零度の目で見られるのが目に見えているので絶対に言わないけど。
それにしても恋人のフリといっても、本当に何度か食事して、家に送ってもらって終わるだけで健全すぎる恋人だ。いや、でも、食事の時のお店は風見さんが選んでくれてるらしいからそこはもうだいぶテンションがあがるわけなんだけど!健全じゃなくなっても困るし風見さんに限ってそれはないだろうし!
いつも高価なお店でおごってもらうのが忍びないことも伝えたけど「依頼料だと思ってくれたらいい」と言われてしまえばそこまでだった。今度食事に行くときは居酒屋とかに誘ってみてもいいかもしれない。あ、いいな、居酒屋!居酒屋くらい私がおごりますって強めに言ってみよう……。
みんなとよく行く居酒屋でいいとこもたくさんあるし、個室のところもあるし、あとで仕事が終わったらメールでもいれておこうと思う。
「当日のドレスは公安から用意しようとは思う」
「え、いいですよそんな。実家に戻れば自前のあるし」
「ところで今日の午後の予定は?」
「いや話聞いてくださいって。午後は……うーん、デスクワークですね」
メメントスには昨日もぐったし、一昨日ルブランには行った。今日はメメントスにもぐるメンバーは集まらないからデスクワークで表の仕事を片づけてしまう予定だった。と言っても、もう急ぎの仕事は終わってしまったので床や机に所狭しと詰みあがっている書類の山を片づけるだけなんだけど。
いや、急いで片づけたい案件ではあるものの、片づけても片づけても詰みあがっていくだけだ。まあそれも今外に調査に出てる調査員からの電話一本で変わる可能性もあるから一概にはいえない。
「なら今日は定時で上がれ」
「はい?!」
「迎えに来る」
「いや待って話が全く見えないんですけど!風見さんが来てくれるんですか?」
「僕だが」
「はあ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。風見さんじゃなくて降谷さんが?なんで?っていうか今普通に昼間なのにポアロに行かなくていいのこの人?って思ったけど今日はポアロ定休日かもしれない。あ、定休日だ。っていうかなんで降谷さんが私の迎えに来るんだ?
疑問符が頭にぽんぽん浮かぶ中、迎えに来ると言った降谷さんが一番腑に落ちないような表情をしている。いや、その顔したいの私だから。という言葉はやっぱりぐっと飲み込んだ。言ったら最後だ、私。こらえろ、私。
「ドレス」
「ドレス?」
「ドレス一式を見に行く」
「えっいやっそんな急に言われても」
「心配しなくても経費で落ちるさ」
そういう心配じゃなかったんですけど!?という叫びは、席を立って颯爽と課から出て行った降谷さんにはもしかしたら届いていないかもしれない。というか届いてても無視するだろうことはわかるんだけど。
むなしくもぱたん、と閉じられたドアに、片手を伸ばしたまま私は固まっていた。……うーん、よくわからないけどとりあえず定時上がりをすれば降谷さんが来てドレスを……。……ドレスを選ぶ?誰が?降谷さんが?
だめだ頭が理解してくれない。っていうかわざわざ新しいもの買ってもらわなくても!曲がりなりにも桐条の家の人間だからパーティードレスの一着や二着や三着やニ十着くらいありますが!?
「……だめだ、考えてることが謎すぎる……」
っていうか、降谷さんからの直接の指名で私って言ってたけど。信頼してもらって、できると思ってもらえるのは心底うれしい。うれしいけどね。
……公安の中に、演技も外国語もできる女の人、いただろうに。
「うーん、わからん」
ぎい、と椅子にもたれて天井を見てみるけど、いつも見上げる天井があるきりだった。
「勘弁してくださいめっちゃ高いんですけどこれ待ってください一回しか着ないであろうパーティーなのになんでこんな高い、あっ待って店員さんそこはちょっとあの待っ」
ゼロの数が違う気がするいろいろなドレスが並ぶ店に連れてこられて、私はほぼ着せ替え人形だった。ああでもない、こうでもない、動きにくいものはだめだ、と降谷さんがずっとお店の人を顎で使って動かしている。っていうかよく見たら他のお客さんいないからこれ貸し切りなんじゃ?ひえ……どんだけVIP対応……。
横暴な態度をしている降谷さんだったけど、店員さんたちは笑顔を絶やさず対応しているし、私を脱がすのも着せるのもこれでもかというほどに手早い。
これ経費で落ちるって言ってたけどほんとに落ちるの……?お得意の違法作業ならぬ違法なお金動かしてるんじゃ……?いやさすがにそれはないだろうけど、だって腐っても警察だ。しかもそのエリートの公安ときた。
何枚も何枚も脱いだり着たりを繰り返して、やっと降谷さんのお気に召すドレスに当たったのか、今度はそれを着たまま小物選びに入った。
「ちょちょっと待ってください小物も!?」
「?何を当然のことを。ああ、バッグはその色じゃなくてできたらホワイトで。靴はヒールのあるものを」
「かしこまりました」
的確に指示を出していく降谷さんに、口を挟む間もないまま今度はバッグを持ったり靴を履かせてもらったりとあわただしくなる。ふかふかすぎるソファに座ったままバッグを合わせたり、靴をはかせてもらったりしていたらなんか私は王様だったんじゃないかという錯覚までおこしてきてしまった。
店員さんも口々に「お似合いですね」やら「この色がはえますね」やらと褒めちぎってくれるし。疲れたらここに来たら褒めちぎってくれるのかな……とぼんやりされるがままになっていたら、店員さんの「旦那さまも気にいられますよ」という一言で一気に目がさめた。
「だんっ!?」
「ああ、その靴で。バッグはそっちのものを」
「ちょ、待っ」
否定の言葉を返す暇もなく、降谷さんが店員さんに指示を出していく。待ってそこは否定させて!?
妙にご機嫌になった降谷さんを見ながら、なんとか口を挟もうとするけど今度は店員さんが何かをもって降谷さんに渡しているのを見て、思わずそっちへ視線をやってしまった。
小さな、手のひらに収まる細長い箱から出てきたのはどうやら口紅らしかった。確かめるようにそれを見た降谷さんは、店員さんと一言二言話すと、座っている私のほうへ歩いてきて、がっと顎を掴んだ。
「うぐっ!?」
力がはんぱない!女の子の顎掴むようなロマンチックな力じゃないんだけど!?顎折れそうです降谷さん!?
抗議の声をあげようとひらいた唇に、降谷さんが持っていたらしい口紅が滑っていく。そのため声を出すことはかなわず。顎さえ痛いくらい掴まれてなければときめいてもおかしくないシチュエーションなのに、顎をつかんでいる力が強すぎてなんかもう涙が出そうだった。私もゴリラって言われたけどこの人のほうが絶対ゴリラだ!
「……、やっぱり似合うな」
口紅を塗り終えた降谷さんは、満足そうに至近距離でそういうと、うっとりしている店員さんに声をかけて口紅を箱の中へ戻した。そのまま頬を赤らめた数人の店員さんにより私は服を脱がされ、元のスーツを着せられる。いや、待って、なんかいろいろ頭がおいつかない。なにがあったんだ今。
疲労感もはんぱなく試着室から出れば、大きな紙袋を持った降谷さんが店の真ん中にあるソファに座って私を待っているところだった。え、もしかして会計終わった?まじで?
「ちょ、ちょっと、降谷さ」
「帰るぞ、ちとせ」
「んえっちょぉ」
すっと肩を引き寄せられて、店を出る。入った時そんなことしなかったでしょ!?と視線をあげれば、面白そうにしている降谷さんがそこにいた。今わざと名前呼んだ!!降谷さんの時に名前呼び捨てとかされたこと一度もないっていうか、安室透の時も常にさん付けだしされたことなかったんですけど!?
こ、こいつ完全に私で遊んでる!!!けどめちゃくちゃ高そうなドレス一式を買ってもらったことは事実で、今日は、っていうかしばらくこれ強く出れないんじゃないのかとも思うけど!!
「当日はこのドレスで。ヘアメイクとメイクは……」
「"うち"のメイクさんに頼みますからいいですっ!!」
ぷいと顔を逸らして、くつくつと意地悪く喉の奥で笑う降谷さんから大きな紙袋を受け取る。なんか、食事に何度も行ってる風見さんの時よりもだいぶデートっぽい気がするけど恋人のふりはどうしたんだ一体。
じっと受け取った紙袋を見ていたら、降谷さんが「送る」と言って私を車に詰め込んだ。
黙ったままなんとなく紙袋を抱きしめて、ああでも言うのは嫌だけど言わないとな、と思った言葉を口にするため、私は信号が赤で車が止まったのを見計らって降谷さんの名前を呼ぶ。
「降谷さん」
「なんだ」
「……ありがとうございます、似合うの選んでいただいて」
ぼそぼそ小声で言った言葉だったけど、しっかり降谷さんには聞こえたようで。
降谷さんは何か言うわけでもなく、ふんと鼻を鳴らすと、青信号になったのを見てアクセルを踏んだ。
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