「恋人ができたって聞いたけど」
交番勤務になった、という鳴上に会いに来たら開口一番にそう言われて、思わず口ごもった。おおう、まさかこんなところにまでそんな噂がきているとは。いや、でも、これが狙いで一緒に食事したりしてるっていうか。結果としてはこうして噂がひろまってるのはいいことではあるんだけど!
直に言われるとなかなかにダメージが大きいなこれ……。
「い、いや、そうなんだけど、ちょっと言えないけど仕事で……恋人のフリをしてるだけっていうかね……?」
ひとつひとつ言葉を選びながら言えば、鳴上は納得したように「なるほど」と苦笑をした。
鳴上の勤めている交番の前にある公園でベンチに座って話しているのだけど、久しぶりに会ったのに鳴上とはこうして普通に話せるのでこれからも積極的に会いに来たいと思う。いや、同業者の友達って、本当に大切だ。
大学の時は花村と大学が同じだったから花村とよく話してたんだけど、警視庁勤めになってからはほとんど友人たちとは会うこともなく。雪子も千枝も、向こうだしなあ。りせちゃんと直斗くん、それに鳴上、花村はこっちにいるけど、そんなに頻繁に会うこともない。
「仕事で恋人のフリをするのも、大変そうだな」
「いや!でも相手がね、もう、なんていうの、十年後がほんとに楽しみな人っていうか、渋いイケオジになるであろう期待の人物っていうか!いや、かっこいいんだよね……」
「堂島さんの時と同じ反応してるな」
楽しそうに、だけどどこか苦笑をしながら言う鳴上に、そうかなあ、と返せば、鳴上はどこか不憫そうな表情をした。う、うーん?何に対しての表情だ今のは……。
なんとなく居心地の悪さを感じながら、膝の上で指をいじっていたら「桐条は」と鳴上が静かな声で私の名前を出した。
「桐条は、好きだなとか、かっこいいなって思う人がいても、アイドルとファンみたいな距離感だな」
「えっ」
「まだ、だめなのか?」
まだ、と言うのは、きっと、だれかを好きになるとか、そういう、恋愛的な意味だろう。べつに、できないとか、そういうわけでもないんだけど。
高校の時、たったの一年だけどずっと一緒に居て、私の深いところまで理解してくれようとした唯一の友人が鳴上だった。私は人を好きになっていいの?という私の思いはあの時のままなのか、と。
湊が死んで、綾時くんもいなくなって、心に大きな穴があいたような。バケツの底に穴があいて、ずっと水が流れて行っているような、そんな気分で私は生きていた。
湊がいなくなったのは、だれのせいでもない。ただ、湊は自分で道を決めただけなのだ。ただ、それだけ。でも、気づいてあげられなかった。戦いが終わった後、記憶も何もなくなってから。
影時間の記憶も全部なくなった時、それでも一番、湊のそばにいたのは私だった。
湊の顔色が悪いとか、前と雰囲気が違うだとか。時々、どうしようもないくらい優しい目で私たちを見ていることがあったりだとか。そんな小さな異変に気付いていたのに。気付いていたのに、私はそれに気のせいだろうという蓋をした。胸の奥でもやもやした気持ちをずっと抱えていたのに。これじゃない、と思っていたのに私は、思い出さなかったのだ。
仕方のないことだと思う。みんな、そう言うし、私もそう思っているところもあるのに。それだけじゃ納得できない気持ちもあって。もっと私がはやく気付いていたら、何かが変わったかもしれないのに。
湊を殺した。
ただそれだけが私の奥に、ずっと残っていた。
私が殺したわけじゃない。そうじゃない。頭でも心でもわかってるのに、どこかでそう思い続けている自分もいるのだ。それだけは、私の中からずっと、小さくなったけど、消えてくれなかった。
だけどテレビの中、タルタロスの最上階で。私であって私ではない、"べつのだれか"の意思が入った私のシャドウと戦って、私はやっと前に進めるようになったのだけど。それでも、それでもやっぱり心に何か引っかかる気がして、今までずっと誰かを好きになることができずにいる。私なんかが、人を好きになってもいいのだろうか、と。
別に、湊に申し訳ないとか、綾時くんのことをまだ好きだとか。そんなことは全然ない。
仕事が一番だというのもある。姉のために仕事を優先したい、という気持ちが強すぎるのもある。仕事を、やめたくないのだ。私が、私の力が役に立つ場所にいたいから。
だけどそれを理解してもらおうと思えば、もう同じペルソナ使いくらいしか道は残されていないわけで。もしくは私が信頼できる警察関係者くらいになってしまう。
ペルソナ使いのみんなは私の仲間であって、それ以上でも、それ以下でもないかげがえない人たちだ。だから、恋人とかそういう関係になることは一切望んでいないし、そういうふうに見られるわけもなく。
警察関係者、は……まあ、信頼できる、という点においてまだ誰にも言ってないだけで、信頼できないわけじゃないけど。
「……堂島さんとか、マスターとか、かっこいいな大好きだなって思うし、恋人役してる人もほんとにかっこいいなーって思うんだけどねえ。やっぱ、私誰かと付き合うって無理なのかもなって最近本気で思ってきたところでね」
「もったいないな」
「そういう鳴上もモテモテなのに全然彼女作んないし!」
「俺はまだそういうのはいいと思ってるから」
モテる男は違うねえ、と軽口をたたけば、鳴上は目を細めて笑っただけだった。
「……多分、私一生独身だと思う。なんか、ほんと鳴上のおかげで少しずつ前には進めてるんだけどね?」
「ちゃんとわかってるよ。……十年たってもお互い独身だったりしてな」
「その時はもう花村入れて私たち三人で酒飲み仲間になるしかないでしょ!?見捨てないで!?」
「陽介も入れられてる」
くつくつと笑う鳴上に、私もへらりと笑う。
この、なんともいえない距離感が、本当に心地いい。きっと鳴上もそう思ってくれているんだろうと思う。
恋人にはならない距離感、ただの友人。唯一無二の友人関係。
二人だけの秘密があって、なんだかお互いにそれを心配して心配されて。本当に、鳴上の横にいると落ち着ける。
「はあ」とため息をこぼして、私はポケットから3センチほどの箱状のものを取り出して、手のひらの上におく。
「ほんとに鳴上の横は安心できるわ……」
「……?それは?」
私の鞄の中に無造作に入っていたそれを私はころんと地面に落として立ち上がる。「盗聴器」と言ってパンプスの踵でばきん、と踏みつぶした。隠す気がなさすぎていっそもうすがすがしいなと思うし、普通に桐条のセンサーが課に入った時に反応したからバレるのは当然だと思って入れたんだろうけど。
ぎょっとしたような鳴上に「いつものことだし多分気付くってわかってたと思うけどねえ」と笑えば「笑いごとじゃないだろ……」と呆れられた。
時間的に聞いていてもおかしくないと過程してしゃべっていたけど、まあ、十中八九聞いていたんだろうと思う。
私は、ばかだし、本当にばかだし、なんかもうどうしようもないくらい人の気持ちに鈍感だと自分では思ってるんだけど!
でも、さすがに、そんなに回数の必要のないであろう食事だとか、無駄なドレス選びだとか、からかわれているだけだとしても。
その中にある、ほんの小さな視線の色だとか。意味だとか。気持ち、だとか。わからないわけではないのだ。自分に向かってくる、小さな芽のような、あったかい気持ちに。
だから、今のはただの予防。鳴上にはただ会いに来ただけだけど、ちょうどいい感じにそういう話になったから、申し訳ないけど、ちょっと鳴上のことも予防に使わせてもらった。申し訳ない。
聞いていないと意味がないけど、降谷さんのことだし聞いているに違いない。そのそばに、風見さんとか他の人もいてくれることを願うしかなかった。
「……はあ、桐条」
「う、ご、ごめんって。なんかタイミングすごいよくって……」
「それもだけど、そうじゃなくて……。盗聴なんてされてるのわかってるなら、どうしてもっと早く壊さないんだ」
生活音だとか、仕事の話だとか聞かれたくない音だってあるだろ?と、まっとうなことを言われて怒られた。そりゃそうだけど。素直にごめんなさい、と、だけどわざとらしく肩を落とせば、鳴上はしばらく私をじっと見つめたあと、大きなため息をついただけで終わった。
「相手がちょっとかわいそうだな」
鳴上が小声で言った言葉は、私には届かずに終わった。
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