「まだまだ働きたいし、結婚とか、そういうのは少し考えられませんね……」

 姉さんがいない時を狙って、最近桐条に呼ばれることが増えた。というのも、すべて、全部、お見合いの話のためだ。最近じゃ私が警戒して姉さんがいない時は実家に近づかなくなったのを見越して、やれ渡したいものがあるだとか、この間調べた件で用事がだとか、そんないろんな理由で親戚から呼び出されるようになっていた。
 姉さんに言わせてみれば「私の招集以外は無視して構わない」とのことだったけど、中には本当にシャドウワーカーの案件の話があったりするから、完全無視もできず。
 そして今日も「見合いの話だろうな」と思って実家へ行けば、なんということでしょう。相手が居ました。
 スーツをきっちり着こなした30手前であろう男性は、私を見るなり「ちとせさん、はじめまして。西城です」と人好きのする笑顔を浮かべ、私をエスコートしてテーブルへとつかせた。
 お、おう、あまりにも突然の出来事に対応できずにいる私に、親戚のおじさんが「やっとちとせを捕まえられたよ」とまるで珍獣のように言う。
 写真だけ、とか、親戚も、とかはよくあったけど、相手がいるというのはまったく予想外の出来事だった。
 来てしまったものはしょうがないと思って食事に付き合って適当に話をして、冒頭の台詞を吐いてさっさと実家をあとにしたのだけど、これがまずかった。
 相手の男性がやたらと私を気に入ったらしく、しつこく連絡先を聞いてくるのだ。そりゃあ実家に来るからと思って服装はお嬢様っぽい恰好にしてきたし?表向きもお嬢様っぽいしゃべり方を心がけて喋ってましたけど?
 まさか途中で桐条の車を降りて徒歩で帰ろうとしている私のあとを追いかけてくるとは夢にも思わず。徒歩だから追いつけると思った男性を撒きながら遠回りをしてとりあえず家よりもどこか知り合いのいるところか職場に逃げ込んだほうが早いだろうと思って歩いていたら。

「いってぇな!どこ見て歩いてんだクソガキ!」

 と、男の怒鳴り声が聞こえてきた。そのあとに聞き覚えのありすぎる子供の声と、男性の声。怯えるような子供の声に、後ろから追いかけてきている見合い相手をまくのも忘れて小走りでその声のほうへ向かっていた。
 ここまで歩いてきて気付いたけど、この通りは毛利探偵事務所の方向だ。つまり子供の声はコナンくんたちで、男性の声は……まあ、ポアロの前を掃除でもしていた"安室"さんだろうけど。
 人込みをかきわけながらも声の方向へと行けば、そこには座り込んだ柄の悪そうな男と、おどおどした元太くんや歩美ちゃん、それに光彦くん、男をにらみつけているコナンくんに、子供たちを守るようにして立っている箒とちりとりを持った"安室"さんが居た。

「お前にぶつかられて足にヒビが入っちまっただろうが!どうしてくれんだ!?」

 柄も頭も悪そうなお決まりの文句に、どうしようか悩む。こちらもこちらで面倒くさいのに追われているし、安室さんとコナンくんがいればなんとかなるだろうけど。
 迷ったのは一瞬で私は小走りで、ずっと走ってきました、という体を装って子供たちを守るようにして立っている安室さんの横に立ち、伺うように「どうかしましたか?」とお嬢様設定で話しかけることにした。見過ごせばよかったんだろうけど、さすがに良心がいたんだっていうか。
 安室さんもコナンくんたちも、私に気付いていなかったのか驚いたように私を見て、それから「ちとせねーちゃん!」とか「ちとせさん!」とかいう声を子供たちがあげた。おまわりさんですよー、大丈夫だよー、という意味もこめて子供たちに笑いかけてから、安室さんを見上げる。
 
「ちとせさん……?」

 恰好にびっくりしているのか私の登場にびっくりしているのかはわからないけど、珍しく驚いた顔の安室さんにもにっこり笑ってやれば、へたりこんでいる男のほうが嫌な笑顔で「そこのガキにぶつかられてヒビが入ったんだよ!」と私に言った。いいとこのお嬢だろうというのが服装からビンビン伝わる上に、この子供たちと知り合いだろうとふんで私にお金を要求するのだろうことはすぐにわかったけど。
 わざと驚いた表情をつくって「そうなんですね、それは申し訳ありませんでした」と男のすぐ前に、膝をついてしゃがみこめば、男はにいっと笑みを深くした。安室さんの視線が「何を考えてるんだこいつ」というものに変わったのが背中で分かったけど、気づかないふりをする。

「この子たちは私の弟のような子たちなんです。この子たちのかわりに、謝らせてください」
「アンタ、いいとこのお嬢さんだろ?そいつらに何言ってもわかりやしねえんだ。アンタ、代わりに払ってくれんだろ?」

 予想通りの発言に、典型的すぎて逆に面白くなってしまう。けれどお嬢様モードを崩さずに、口元に手をもっていって「そうだったんですね」と言えば、男は今度は「まあアンタそこそこだし、アンタが俺の相手してくれんのなら別に無理強いはしねえけど?」と一言。予想以上のクズっぷりにどうしたものかと思う。後ろで安室さんの雰囲気に殺伐としたものが混じるのがわかるほどだ。
 そしてこの男、自分の柄が悪いのをきちんとわかっている発言だ。まあ目の前にいるのは優男、に見える恐ろしい公安警察が一人に、子供たち数人、そしてお嬢様に見える私だ。なめられても仕方のないことだと思うけど。

「いいえ、私ごときがお相手なんて、それでは私の気が収まりません。今すぐ救急車と警察を呼びましょう、しかるべき処置をしていただいたあとに慰謝料など請求していただけたら……」

 心配そうな顔のまま言えば、男の表情がざっと変わる。こういうタイプには正攻法が一番通じるのではないだろうか。万が一何かあっても、一番近くにいる私にこぶしが飛んでくる程度だろうし。ただの人間のこぶしを避けれないほどではないので、こうするのが一番いい。不安そうな子供たちを安心させてやらないといけないし。

「んなことして俺の気が晴れるかよ!」
「ああ、そうです!私が懇意にしているとても腕のいいお医者様をご紹介しますね。彼なら間違った診断なんてことはない凄腕の方ですし、入院することになったらお金も入用でしょう?」
「お、おい」
「1000万程で足りますか?1億ほどいるでしょうか?」

 明確な金額を出せば、男の顔がぎょっとしたようなものになる。バカなのかこいつは、と言い出しそうなそれに、うしろでコナンくんが呆れたようなため息をついたのがわかった。安室さんだけは、男がいつ動いてもいいようにしてくれているのはなんとなくわかるのだけど、多分大丈夫だろう。この男、見た目よりもずっと小心者だと思う。

「素敵なお召し物もだめになってしまったし、子供にぶつかられた程度で骨にヒビが入るということは骨の疾患もあるかもしれませんね。我が"桐条家"お抱えの医者です、きっと全部よくなりますよ。……もちろん、骨にヒビが入っていたらの話なんですが……どうします?警察と救急車、呼んでもいいですよね?」

 そこまで一息に言えば、男の顔色がざあっと悪くなった。桐条、という単語にびっくりしたのかなんなのかはよくわからないけど。それでも何か言おうとする男に、私は鞄から警察手帳を取り出して、男に見えるようにひろげてやった。

「ちなみに私も警察官なんです。あなたがこの子たちにぶつかったところから、足の骨に異常のない転び方をしたところもしっかり見ているのでお医者様にも警察にも救急隊員にもしっかり説明できますよ」

 首をかしげて笑顔で言えば、男は何かを叫んで、転がるように逃げていった。狙い通りの結果になって満足した私は警察手帳を鞄へしまい、立ち上がろうと膝に手をつけば「おねーちゃんすごーい!」と歩美ちゃんに背中から抱き着かれた。
 お、おう、お姉ちゃんデスクワークしかしてないように見えて一応警察官だからね!手帳見せれば一発よ!

「怖かったね、よしよし」
「ありがとな、ねーちゃん!」
「さすがちとせさんです」

 元太くんや光彦くんも私に抱き着いてくれて、ああかわいい、と思いながら全員ぎゅっと抱きしめてやる。小学生に今の男は相当怖かっただろう。子供の教育上本当によくない人だった。
 全員を撫でてから、今度こそ立ち上がろうとすれば、ふと大きな手が私の前に差し出される。手の持ち主は「ありがとうございました」と人好きのする、だけど困ったような笑顔で私を引っ張り起こす。

「ああ、いえ。たまたま通りがかっただけだし、嘘も方便って言うし。転んだところなんて見てなかったけど信じてくれてよかったー、あのままだとこの恰好で戦うところだった……」
「え、見てたんじゃないのかよ」

 コナンくんが驚いたように言って、頭のうしろで手を組んだ。さて一件落着、そう思って、繋がれた安室さんの手を離そうとすれば、人込みをかきわけながら「ちとせさん!素晴らしいです!」とスーツ姿の男性が現れた。
 ひえっ存在をすっかり忘れてた!!驚きすぎて思わずぎゅっと、つないだままの安室さんの手を握ってしまったけど、安室さんはそれに一瞬私に視線をやっただけだ。あっごめんなさい本当につい握っただけであって!他意はございません!
 感動した様子の見合い相手――西城さんは、私の近くまで来て、それから手を握ったままの安室さんを見て不思議そうな顔をする。

「ちとせさん、その方は?」
「あ、え、いや、この人はこの喫」
「ちとせ」
「へ」

 私の言葉に重なるように名前を呼ばれ、つないだままの手が安室さんの顔のほうへもっていかれる。なんだ、と思って一瞬目が合った安室さんは、面白そうに降谷さんみたいな顔で笑っていた。あ、すごい嫌な予感がする。
 待って、と開きかけた口はそのままぽかんと開くことになり、その理由を作った私の手の行方はといえば、安室さんの唇だった。
 引き寄せられた手が安室さんの唇に触れて、そのままするりと撫でられたかと思えば恋人つなぎにされて。現状が理解できないまま自分の手の行く末を見守っていることしかできない私に、安室さんの「あなたに怪我がなくてよかった。僕があなたを守りたかったんですが」という声がダイレクトに頭の中に飛び込んできた。
 い、いや、待って頭が追い付いてない。待って。歩美ちゃんが「わあ」と黄色い声をあげているけど、落ち着こうか私。そして西城さんが「ちとせさん、まさか」と妙な勘違いをしはじめたところで、私の意識が戻ってくる。あっコナンくん呆れてる!呆れるくらいならたすけて!?

「い、いや、西城さんこれは」
「お付き合いしている男性が居たんですか……」

 がっくりと肩を落とした後「当たり前ですよねあなたのような素敵な女性に」とぶつぶつ何かつぶやいた西城さんは、すぐにばっと顔をあげると私と手をつないでいる安室さんを見て頭を下げた。

「どうかちとせさんのことをよろしくお願いします。自分は好きな方が幸せであればいいので、身を引きますが……どうか幸せにしてあげてください」

 と言いたいことだけ言うと、颯爽と人混みの中へと消えていってしまった。ええと、いや、私としてもお見合いが破談になるのは喜ばしいけどこの破談のなりかたはちょっとよろしくないのではないだろうか。だって私に相手がいるからお見合い断られるって。桐条のうるさい人たちの耳に入ったらやれ連れて来いだのなんだのと言われるに違いないわけで。

「あ、安室さん、ちょっと」

 言って、安室さんをみんなと少し離れたところに連れていく。恋人つなぎになっている手をほどこうとしたものの、それはなぜかがっちりと繋がれててほどくこともできず。ちょっと!この人絶対面白がってるでしょ!?と口に出せたらいいのだけど、人通りはそれなりの通りで、顔見知りもすぐそばにいる。そして何より今この人は降谷零ではなく安室透なのだ。いつもみたいに言うわけにもいかなかった。

「お見合い相手追い払ってくれたのはありがたいんですけど!ちょっとあれはやりすぎだしこれもやりすぎだし、面白がってますよね?!」
「いやだな、ちとせさん。おもしろがってるなんて」

 少し安室さんは残念そうな表情をする。言葉につまる私を見て、それから「感謝してますよ」と今度は微笑んだ。

「子供たちを守ってくれてありがとうございました」
「そっ……れは、まあ、当然です。見ちゃったし、ほっとけませんでしたから」

 最悪本当にこの恰好で乱闘になるところだったけど、あの男の人が逃げてくれて助かった。それにこの人も大々的に大立ち回りをするわけにもいかな……いだろうけど、ちょこちょこしてるの見る気がするのは気のせいだろう。うん、目立ちまくってる気がするのもきっときのせいだと思う。
 っていうか、店の前であんなことして、安室さん目当ての女子高生に見られてたらどうするつもりだったんだろうこの人!?いくら人が少ない時間とはいえ人の目がないわけじゃないのに。

「……、少し気に食わないな」
「え?」
「ああ、いえ、なんでも」

 何かを小声で言った安室さんだったけど、それはうまく聞き取れず。聞き返すもののはぐらかされてしまったので、深く聞くのもなんとなくできなくて私はそのまま視線を下へと向けた。繋がれたままの手が視界に入って、ううんと思わず唸る。手、放してほしい。っていうか鬼電事件以来会うのは初めてな気がするんですけど。
 あの鬼電についても話を私から聞いてないし、降谷さんのほうからも聞いてない。何か急ぎの用事があったのなら課長にでも伝言を残されてるはずだけどそれもなく。あったのは、ただ急ぎでも何でもない書類があるだけだった。
 いつもであれば何かと連絡をとってるけど、あれ以来ほんとうに何もなく。まあ数日しか経ってないわけなんだけど。静かだからこそ逆に不気味っていうか。まだ盗聴器とかしかけられてるほうが何をしてるか見えるから落ち着けたってもんだけど……。

「え、えーっと、これは大変個人的な質問なんですけどね……」
「はい?」
「何か……私に話、ありましたか?」

 急ぎの案件でもない、仕事でもないのであればそのあたりが妥当だろう。安室透である今の状態で聞いたところで話してくれるかはわからないけど、安室透の顔をしたこの人は、一瞬だけ目を細めて「ああ」となんのことかわかったように息をはいた。

「いえ、特になにも。ただ……」

 そこで言葉を着ると、安室さんはじいっと私を見て、それからすぐに悪戯を思いついたような顔をして笑う。

「僕のかわいい恋人である、貴女に会いたかっただけですよ」
「へ!?ちょ、ちょっ、そうじゃなくって」
「今日は早く上がれると思うので、待っていてくださいね」

 恋人つなぎをしたままの手を、安室さんはまた口元までもっていくと、知ってか知らずか、狙ってか狙っていないのか、私の薬指にちゅ、と軽く唇を寄せて、するりと手を離す。あまりにも簡単に離れた手と、されたことに声も出ずに何度か口をぱくぱくとさせる。
 安室さんはそんな私を見て、満足そうに笑うと「では、気を付けて帰ってくださいね。家についたら連絡をください、ちとせさん」と言ってポアロのほうへ歩いて行ってしまった。
 い、いや、待って、なんだ今のは。電話にもメールにも返事をしなかったとめちゃくちゃに怒られるとふんでたのに、今のは。
 いや、流れでこうなったのもわかるけど。いや、でも最後の、っていうか今のは余計な演技だったでしょどう考えても!?だって見てる人もいないし!誤魔化す相手もいないし!
 完全にからかわれている……。キスをされたほうの手を握って、うぐう、と唸る。あまりにも恋愛経験値がなさすぎてああいう時の対処ってどうしたらいいのかわからなさすぎる……。ドラマとか、少女漫画とかで勉強したほうがいいのかな……。今月末には風見さんとの恋人本番もあるわけだし……。

「はあ……、だめだ、帰ろう……」

 お見合いもなくなったし、今日はもうこれから暇になってしまった。ルブランに行ってもいいけどこの恰好で行ってもしマスター以外の人に見られたらちょっと恥ずかしい。
 一回家に帰って着替えて、幼馴染にでも連絡をしてみよう。ちょっと落ち着かないと、今のでお見合いの三倍くらいの気力を持っていかれた気がする。

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