「なあ悠、最近いいことあった?」
 大学帰りになんか食べるか、と話したのが昼だった。
 講義の終わる時間も同じだったため、敦士は友人である卓也と結託し、こちらも友人である悠を学校外に連れ出す計画を立てた。
 というのも、大学生活の途中から転校先の高校で出来た彼女と距離を置いてる、と他人が見たらどうかは知らないが敦士と卓也から見たらかなりへこんでいた悠が最近は妙に機嫌がいいのだ。
 これは新しい恋でもしたのか、と探りを入れたいがために近くで飯でも、と誘ったのである。
 大学で聞けば、容姿も性格も整いすぎている悠を狙っている女子たちがどう動くか分かったものではなかった。
 大学で女子に襲われないかと敦士たちはヒヤヒヤしていたものだが、今のところ悠は無事に過ごしている。
 そして冒頭の台詞を吐いたのは、大学の敷地内から出てすぐに好奇心に負けた卓也だった。
 敦士が「おい」と卓也を止めるが時すでに遅し。ざっとまわりの女子たちの意識がこちらに向いたのがわかり、敦士は口を閉じる。完全にハンターの殺気である。恐怖だ。
 高校デビューを都会でするならともかく、田舎で高校デビューならぬ転校デビューをして帰ってきた友人をこの時ばかりは恨みそうになった。
「いいこと? いや……特には……」
 悠はそんなハンターたちを知ってか知らずか、顎に手を当て考える素振りはするが思い当たることはないらしい。
 とりあえずこの場はこれで終わり、さっさと店に逃げ込もうと敦士は悠と卓也の背中を押しかける。
「あ、悠!」
 その時、ふと前の角から小柄な女性が悠目掛けて小走りで近づいてきた。
 スーツを着ているため同じ大学ではなさそうではあるが、悠がぱっと表情を柔らかくしたためなるほど、と敦士と卓也は思った。
 これが新しい彼女か、と。
 茶色の髪に、ぱっちりした目。綺麗というよりも可愛い容姿の女性は、悠の目の前にやって来ると敦士と卓也に「こんにちはー!」と人懐こく挨拶をする。
「はい、これ」
 二人も会釈をしたのを見た女性が自分の鞄から取り出したのは、見覚えのある財布だった。
 なになに、と身を乗り出した卓也が悠と女性の手元を覗き込み「あれ、悠の財布?」と首を傾げている。
「そうそう、机の下に落ちてたよ」
「悪い、多分今朝急いでたから」
 よく一日お財布なく過ごせたねえ、と女性はけらけら笑う。
「ちとせ、これから仕事?」
「うん、ちょっと外回りしてくる。悠が帰る頃には帰ってると思うよ!」
「わかった。気をつけて」
 机の下? 今朝? 帰る頃には?
 敦士と卓也の頭の中に入ってくる情報が多すぎて、どれから処理をしていいのかわからず二人はただ愛想笑いをして立っていることしかできなかった。何より今なにか発言すれば、まわりのハンターたちからの殺気を一身に浴びそうだったのだ。
 それにちとせという名前にも聞き覚えがあった。距離を置いていた彼女の名前ではないだろうか。
「はーい! じゃあ三人とも楽しんできてね!」
 言いながら、ちとせは手を振りかけて、あ、と敦士と卓也に近づいてきた。びく、と敦士は体を揺らしたが、まわりのハンターたちのような殺気をちとせから感じることは無い。
「急にごめんね、私桐条ちとせです、よろしくー!」
 人懐っこい笑顔をうかべるちとせに、釣られるように敦士と卓也も自己紹介をする。
 それにちとせはうんうんよろしく! と再度笑顔を浮かべると、一歩下がってぶんぶん手を振った。
「美味しいものたくさん食べてきてね!」
 そしてまた釣られるように敦士と卓也もちとせに手を振り、ちとせが見えなくなったところで悠の肩を掴む。
「悠急いで行こう!」
「え?」
「そんで説明!」
「ああ、ちとせは」
 まわりにハンターが多い大学前でちとせのことを話出そうとする悠の口を塞ぎ、敦士と卓也は悠を拉致するようにして急いで大学から離れることにした。
 こんなところで説明するなばかっ! ハンターに殺されるぞ! と敦士が叫んだが悠は分かってか分からずか、嬉しそうに終始微笑んでいるだけだった。

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