祐介にとって、その衝撃は凄まじかった。
 愛や恋などとは無縁だと思っていたが、その人を見た瞬間の雷に打たれたような感覚はとんでもなかったのだ。
 思考や意識だけではなく、ただ「この人が好きだ」と思った。杏と出会った時の衝撃とはまた違う。
 一目惚れなどあるわけないと思っていたのに、これを一目惚れと言わずなんという。
「好きです」
「んぇ!?!?」
 思うが早いか、祐介は感じた気持ちをそのまま口に出していた。
 暁と話していたスーツ姿の小柄な女性は、祐介が言うなりびくっと肩を揺らして驚いた。
 もちろん暁も目を丸くしていたが、女性のほうは目をキョロキョロさせて周りを見たあとに、はっと暁を見上げたが「絶対俺じゃないと思う」と即座に口を開く。
 何やら一目惚れの相手にとんでもない勘違いをされかけたことに焦り、祐介はさっと女性の前に歩みでると真っ直ぐに女性を見つめた。
「あなたが好きです。名前を伺ってもいいですか? 俺は喜多川祐介です」
「へ、あ……? えっと……き、桐条ちとせ……です……?」
「桐条ちとせさん」
 噛み締めるように女性の名前を言葉に出すと、それだけで満たされるような感覚になる。
 絵を完成させた時にも似た高揚感に、どきどきとうるさい心臓を無意識におさえた。
「恋人はいますか? 好きな相手は」
「え、えぇ……?! い、いないけど……あ、暁くん……!」
 助けを求めるようなちとせの視線に暁がちらりと祐介を見る。
「祐介」
 一歩ずつちとせに近づいていた祐介は、暁の制止にはっと足を止めた。
 場所は画材を買いに来た渋谷駅前である。人通りは多いものの、誰も祐介たちを気にしている人はいない。
 が、往来で女性に詰め寄るのも如何なものかと思い祐介は一歩下がってすみません、と呟いた。
 たまたま暁を見つけて声をかけようとしたところだったのだ。そうしたら、暁と話しているちとせが見え、すさまじい衝撃のまま行動をしてしまっていた。
「ちとせさん。祐介はさっき話してた新しい仲間の……」
「ああ、うん、こないだの……」
 話していた? と首を傾げるが、ちとせはぱっと笑って祐介を見上げた。
 思わず正面から食らった笑顔にぐっと言葉に詰まり、妙な音を立てはじめた心臓に心の中で祐介はがんばれと心の中だけで声をかけた。耐えろ、と。
「ペルソナ関係で何かあったら頼ってね。それ以外でも全然頼ってもらって大丈夫だから! あ、あとみんなのことサポートするというか……監視みたいに思うかもしれないんだけど……まあほんとに危ない時に出てくるかもしれない都合のいい女だと思っていただけたらいいから!」
 よろしくね、とちとせは右手を差し出してきた。
 言われた内容も驚くべき内容ではあったが、それよりも差し出された手をじっと見つめ、握ってもいいのかしばらく祐介は思案する。
 が、差し出されたものは掴まねばという謎の思考になり、ばっと何も考えずに祐介はちとせの手を両手で握った。
 暁が呆れたような視線をちとせに向けたが、ちとせは嬉しそうにぶんぶん手を上下に振ってよろしくねと笑っている。
 好きだと言った相手にあまりにも不用心である。いくら祐介が年下と言えども、体格差は見るからにあるのに。
 暁が言わんとすることは祐介もよくわかるのだが、そんなことよりも手を握ったという事実の方で浮かれている祐介はもはや不用心でいてくれて感謝すらしている。
「桐条さん。好きです」
「えっ!? ま、待って今その空気だった!? というか初対面だよね!?」
「一目惚れしました」
 困ったように眉を下げるちとせに、その顔も可愛いですと祐介は考える前に告げた。
 おろおろと視線をさ迷わせるちとせはなんとか祐介に握られている手を離そうとじたばたしているが、祐介に離す気が全くない。
 ぎゅ、とさらに手を握るとちとせが益々困ったように眉を下げた。
「いや力強っ!? えっと、あの、喜多川くん、とりあえず手を……」
「体が勝手に……」
「勝手に!?」
 無理やりどうにかすればちとせは祐介の手を解くことは容易いのだが、パレスで見ていたり暁から聞いていたりして祐介が絵を描くことを知っているため、無理やり手を解くようなことができないのだが、祐介は「手、ちいさくてかわいい」くらいにしか思っていない。
 ぐぅ、と困って喉を鳴らすと、見かねたらしい暁がすっと祐介の手をちとせから解いた。
 それにあからさまにほっとしたちとせと、あからさまに肩を落とし握っていた手を見つめる祐介、呆れたような視線を両者に向ける暁とまさに三者三様である。
「え、えっとお……あ、あと、私おまわりさんでもあるから、そういう相談もあればいつでも連絡し」
「連絡先を聞いてもいいですか? あと相談があってもなくても連絡しても?」
「あ、うん……うん?! や、まあ、いいんだけど……き、君そんな押し強い感じだったっけ……?」
 ちとせがパレスの中で見た祐介は、ここまで押しは強くなかったはずである。
 と言ってもパレスで色々と立て込んでいたため、精神的な余裕はもちろん皆無だっただろうというのもちとせにも分かる。それにしても、だ。
 好きだと言われてもちろん悪い気分ではないのだが、会ってすぐで言われると嬉しいよりも困る気持ちの方が強いのだが。
「ありがとうございます。今夜連絡します」
「あ、う、うん……あの、喜多川くん、勉強もしっかりしてね……?」
「はい。あなたのためなら!」
「う、うーーーーん……?」
 まあいいんだけど……と歯切れ悪く、ちとせは連絡先を交換したことを既に後悔し始めていた。

戻る