ツクヨミが私の中に帰って来たことはわかった。だけど、このタルタロスの中からどうやって出るのだろうと考えて私は首をひねる。前なら外に出て徒歩で寮まで帰っていたけど、ここはどうだか解らない。夢ではないだろうことは理解したけど、現実だとしてもどうやってここに来たのかが私にはよくわからなかった。確かテレビに突っ込みそうになって、気付けばここにいたんだけど。まさかテレビの中っていうわけでもないだろう。
そう思いながらも警戒して外に出たら、校門のある場所までタルタロスで少しだけため息をついていた。何もここまでしなくてもいいだろう。だけど校門から外に出てしまえば、そこは私の知らない場所。というよりも、霧が深すぎてよくわからない場所に出た。なんだここ。校門から一歩出るだけで、霧が出た?どういうミラクル?そう思ってタルタロスを振り返ってからもう一度前を見たら、私の目の前にはなんとも形容しがたい着ぐるみを着た何か、がのっそりと立っていて私は思わず叫んでその何かから飛びのいていた。
「わああああっ!?ちょ、なっ」
「クマ!?び、びっくりしたクマ!いきなり大声を出すのはマナー違反クマよ!」
「え?あ、ごめんなさ…って、いやいやいやいやちょっと待って日本語しゃべったなんだこれクマ?」
私が驚いて飛びのくのと同時くらいに相手の着ぐるみも驚いたように飛びのいた。き、着ぐるみの割りに俊敏な動きするななんだこれっていうかなんでこんなところに居るんだろうこの…クマ…?
確かに耳あるし尻尾あるしクマに見えないこともないけどこんな赤とか青とか黄色とか原色使ったクマがいるんだろうか。いやいや考えそらしてる場合じゃないってこれ。
「あんた誰」
「こっちの台詞クマ!いきなり"こっち"にこーんな高い塔建てるなんて訊いてないクマよ」
「いや…私だってこんなの訊いてない…それにこれ私が建てたわけじゃないし。ていうかここどこ?」
「クマ…?むー…」
必死に言えば、クマらしきもの…ああもうクマでいいや、クマはちょっとだけうつむいてからすぐにタルタロスを見上げて体を傾けた。首をかしげてるつもりなんだろうそれに気付かれないように少し笑った。ちょっと可愛いとか思ってない。断じて。
「ここにはシャドウとクマしかいないクマ。霧が晴れる前に早くあっちに帰ったほうがいいクマよ」
「…シャドウと、クマしかいない?あっちに帰る?…あっちって、私が居た場所のこと?」
「霧が晴れるとシャドウが暴れるクマ…でもこの塔の中は違うみたいだけど」
「霧が晴れると暴れるってどういう…それにこの霧何?前見えないんだけど…」
眉間にしわをよせてそう言うと、クマははたと気がついたように顔をあげて私に何かを差し出してきた。受け取るとどうやれそれは眼鏡のようで、縁がオレンジからピンクにグラデーションがかかっている可愛いものだけど…これをどうしろと?
「なにこれ?」
「かけてみるクマ!お近づきのしるしにプレゼントするクマよ」
きらきらした目…まあ着ぐるみだけど、とりあえず期待に満ちた目で私を見上げてくるものだから特に何も考えずにその受け取った眼鏡をかけてみたら、急に視界がクリアになる。私たちをつつんでいた霧が一切なくなったのだ。
「…霧が…」
「クマお手製眼鏡クマー!」
まるで生まれてはじめて誰かにプレゼントを渡したと言わんばかりにきらきらうきうきした様子で着ぐるみながらにぴょんぴょん跳ねるクマを見てから私はため息をついた。なんだろうこのクマ。というかむしろこの世界…タルタロスに、シャドウ、か。
「ねえクマ」
「?」
「ここって、何?どうしてタルタロスが…この塔がここにあるの?」
そうたずねると、クマはきょとんと私を見上げて口をひらいた。
「ええと、」
「あ、私ちとせね。桐条ちとせ」
「チトセチャンがここに入ってきたことによって作られた場所だと思うクマ」
「入ってきたって…」
そもそも私はどうやってここに来たのかまったく検討がつかないんだけど。ただちょっとすべってころんでテレビにぶつかりそうになって、でもそのテレビの衝撃はこなくて……ん?テレビ?
「ここ、テレビの中…とか言う?」
「多分それであってるクマ」
当然だと言わんばかりにうなづいたクマに私は軽いめまいを覚えた。中学の時にペルソナだとか影時間だとかニュクスだとか経験してるから、生憎と非日常には慣れているつもりだったけどテレビの中に入れる日が来るとは思わなかった。しかもテレビの中にシャドウとクマがいるとか。いやそんなの考える人のほうがいないか。
「…めまいしてきた」
「どこかで休むクマ?…って言っても、安全なところはあんまりないけど…」
「いや、いい。とりあえずテレビの中なのはいいけど、出口は?」
「一方通行クマ」
また当然だといわんばかりに言われた言葉に私は今度こそめまいを感じて校門によりかかる。ごめんなさい姉さん、ちとせはここで行方不明になります。テレビの中に入って行方不明とか絶対分かるわけないって。いくらあの桐条グループでもテレビの中に入った人間助け出すなんて出来るわけがな「けどクマが出してあげることは出来るクマよ」…なんだって?
「どうやって?」
「出口を作るクマ」
そう言うなり、クマは地面を足でたたく。それに呼応するようにいきなり目の前にあらわれたのは積み重なったテレビで、人が一人通れる程度の大きさをしたものだ。これ?とたずねるとクマがうなづいたため恐る恐る手を当ててみればそれは水面にゆれる波紋のように手を中心に波だつ。そのまま歯を食いしばって顔を突っ込んでみたら、服を片付け途中の私の部屋が広がっていた。お、おお…すごい…なんだこれ。
とりあえず出口だというのを確認してクマを見れば、胸をはって「すごい?すごい?」と聞いてきたのですごいすごいと頭らしきところをなでるとうれしそうに身をよじる。…慣れたら可愛いかもしれないこのクマ。
「ねえ、この出口このままにしておくことってできる?というか出来るならタルタロスのエントランスに作って欲しい」
「出来ないことはないクマ…でもなんで?」
「暇見つけて、この塔のぼる」
「え」
「一回登ったんだし、多少のシャドウなら倒せるだろうから」
言えば、クマは驚いたように私を見上げて驚愕の声をあげる。なんだ失礼なクマ。そう思ってきびすを返して校門に入りタルタロスのエントランスにいけば、後ろからついてきていたクマを振り返って「ここにお願い」と言う。そうすればさっきと同じように積み重なったテレビを出現させると、クマはものめずらしそうにエントランスを見上げた。
「…すごいクマ」
「これって夢じゃないんでしょ?」
「ここは入ってきた人間にとっての現実になるクマ」
ということは、このテレビの中にあるタルタロスは私にとっての現実になったということになるのか。ややこしいけど、夢ではないようで安心したようながっかりしたような不思議な気分になった。
「でも、これをのぼるとなるとだいぶ時間がかかるんじゃないクマか?」
「一年で一番上までいけたんだし平気。一時間の時間制限がないならゆっくりしたって大丈夫でしょ」
このタルタロスの一番上には、何があるのだろう。以前と全く同じ気配、だけど少しだけ違うそれもまじっている気配に私は首をかしげてから天井しか見えないエントランスを見上げてひとつ呼吸をついた。とりあえず、美鶴姉さんに頼んで防具と棍、あと一応召喚器も送ってもらおう。どうしてか聞かれるだろうけど言い訳を考えて――。
「…ってことはチトセチャン、また来る?」
「え?ああ、うん、そのつもりだけど」
「なら、クマも塔をのぼる手伝いをするクマ!」
「ええ?クマが?なんで?」
「人間の知り合いははじめてクマ!」
そういって笑うクマに、なんとなく引っかかりを覚えたけどさして気にするでもなく私は苦笑いを浮かべて頷いていた。まあ、一人で延々とのぼるよりは多少なりとこの"テレビの中の世界"を知っている人…クマ?がいたほうが心に余裕もできるだろうし。
タルタロスというだけで湊のことを思い出してしまうけれど、それでもなぜか私の頭にはこのタルタロスをのぼらなきゃいけないという使命感が生まれていた。まるで何かに惹かれるように、のぼらなくてはいけないと。
「ちなみにクマはシャドウとは戦えないからフォローよろしクマ!」
「…頷いたの間違いだったかな…」
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