遅刻ギリギリで目を覚ましてから速攻で私は学校へ行く準備をして朝ごはんも食べずに雨の降る中オレンジの傘をさして通学路へ飛び出していた。朝ごはんを食べなかった時間のおかげか歩いていっても大丈夫だということに途中で気付き、鮫川のあたりになってとりあえず一呼吸をつく。ちらほらと同じ学校らしい生徒の姿も見えるから遅刻ではないだろう。
 ほっとして歩き出せば、後ろから「おねえちゃん!」とかわいらしい声に呼び止められて私は足を止めて後ろを振り返っていた。そこに居たのは去年私がここに来たばかりの時に仲良くなった菜々子ちゃんが居て私は菜々子ちゃんに手を振る。花村たちを驚かせた自殺未遂…実はフェンスにのぼってただけのあれをもう一回してた時菜々子ちゃんに目撃されて、そこからどうやら菜々子ちゃんのお父さんである堂島さん…ええと刑事さんに連絡されてしまいちょっとした騒動になったことがあった。その時は半泣きの菜々子ちゃんと呆れた堂島さんに説教をくらうということになったのだけど、それからたまに会えば話すようになり、今年に入ってからはお宅訪問までさせていただいた。堂島さんが忙しくて菜々子ちゃんが一人ぼっちの日が長く続けば菜々子ちゃんと一緒にご飯を食べたりとか、色々だ。私が一人暮らしだと知ってる堂島さんが、多分私のことも心配してくれてたんだろうけど。…まあ堂島さんのことだから、私のことも調べてそうだけどなあ。

「小学校も今日始業式?」
「うん!あ、あのね、菜々子の家に従兄弟のおにいちゃんが来たんだよ」
「従兄弟?ああ、そういや堂島さんがそんなこと漏らしてたような気が…」
「おねえちゃんと同じ年だから、同じクラスになるかも」
「もし同じクラスになったら菜々子ちゃんのことよろしくって言っておくね」

 頭をなでて言えば、菜々子ちゃんは照れくさそうに笑って「じゃあまたね」と言って小学校のほうへ走って行ってしまった。菜々子ちゃんの性格だとまだ人見知りしてる感じだなあ、私も最初人見知り…というか、怖がられてたし。まあフェンスの上のって前屈姿勢になってたら怖がられても仕方ないけど。そんなことを考えながらも学校のほうへ歩いていけば、真横を見たことのある自転車が傘をさしたまま通っていくのを見て私は思わず「あ」と言っていた。花村だ。
 それに傘をさしたまま自転車運転するなんてアホなことするのは花村くらいしか思い当たらない。そう思ってフラフラと運転をしている花村を視線で追っていたら、商店街の交差点にあった電柱に激突して転倒、しかもその時に股間を強打して声にならない声をあげながら股間をおさえてもだえだした。ああ、なんかひとつ学年上がった気がしないなあ。
 歩いている生徒たちはいつものことだと言わんばかりに花村のことはスルーだ…し…って、一人立ち止まって花村のこと見てる人いる珍しい。傘で顔隠れてるから誰かはわかんないけど。

「花村さあ、片手運転で傘さすってバカ?」
「ぐお…き、きり、じょう、か…」
「あーあー、もう、鞄ぶちまけて」

 傘をさしたままとりあえず花村がぶちまけた鞄の中身を拾って傘をひろってついでに倒れた自転車、ていうかマウンテンバイク?を立ててから傘を花村にかざしてやる。まだ股間おさえてもだえてるけど…ああ、バカだなあ。これは千枝と雪子に言ってやるネタができたな。新学期早々花村ありがとう。

「すまん…今ので俺の多分使えなくな、った…」
「いや謝られても困るし別に花村のが使えなくなっても私どうでもいいし…。とりあえず歩けるなら学校行こうよ、遅刻するんじゃないの?ほっといても別に私はなんら困らないけど」
「すみません俺が困ります。けどもう俺チャリ乗れねぇ…死んだ、色々死んだ」
「はいはいはい、だったら鞄肩にちゃんとかけて自転車押して。傘くらいさしてあげるから」

 そう言って花村を助けおこしてから鞄と自転車をしっかり握らせる。自分にも傘をさして、傘を持っていないほうの手に花村の傘を握って花村の上にかざす。
 いまだに股間を痛そうにしている花村を一瞥してから背中をおしてやれば、うなりながらもゆっくりと花村は歩き出した。

「俺は今はじめて桐条が女神に見えた」
「股間蹴っていい?」
「ごめんなさい桐条さん桐条さんはいつだって女神のように慈悲にあふれています」
「よろしい」

 言って笑えば、花村も痛そうながらに小さく笑った。笑い事じゃないだろうに、いやまあ私から見たら笑い事なんだけど。これもかわいそうだから言わないけど。

「クラスどうなってるんだろうね」
「俺は別にどうでもいい…」
「ああ、まあ今はそうだろうけど」

 げんなりした表情の花村に笑えば、今度こそ花村はため息をついて肩を落とした。かわいそうに。学校じゃ多分また花村がやってたぜ、とかいう程度の話にしかならないだろうけどさ。

「一年楽しいクラスだったらいいね」
「てことは桐条と天城と里中がいるクラスってことか」

 無意識だろう言った言葉に私は一瞬首をかしげて、だけどすぐにうれしくなって口元をゆるめていた。この人たちの中に、私はしっかり居ることができているんだ。

「じゃ、とりあえず花村を助けたってことで今日の放課後何かおごってね」
「…了解です」

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